ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.34 「スピリチュアル & スピリチュアリズム A」


 「アセンションに興味があるんですか?」
 「え? ええ」

 「私はチャネリングのワークショップを主催している者です。
  もし興味がおありなら、こんどの土日に○○で開くので、
  参加してみませんか。」

 「チャネリングって何ですか?」
 「すでに他界した霊が、チャネラーと呼ばれる霊媒を通して、
  死後の世界のことを教えてくれるんです。
  今回はアセンションについても話されるみたいです。」

 「え? そうなんですか。
  それで、料金はいくらですか?」
 「2日間で5万円です。
  ニューヨークから呼んだチャネラーで、通訳も付きますから、
  どうしても高くなります。
  でも、向こうではとても有名なチャネラーですから、内容は
  確かですよ。
  滅多にない機会なので、こうしてお会いしたのも意味がある
  ことだと思います。
  よかったら来て下さい」

その人はそう言って、パンフを手渡してお店を出て行った。

   チャネリングかあ
   2日で5万円は高いなあ。
   ニューヨークからわざわざ来るってことだから、
   体験として行ってみるのも悪くないかな。
   それに、アセンションにも興味があるし。

美砂に相談してみたら、彼女も興味を持ってくれて、一緒に行くことになった。

当日、早めに会場に行くと、すでにたくさんの人が来ていた。
会場となっている部屋の後ろで書籍とかDVDが売られているらしく、
多くの人が集まって見ている。

部屋はそれほど広くはない。
一番前にチャネラーと通訳が座る席が設けられ、聴取者のテーブルはなく、ただ椅子だけが並べられている。
その椅子には、すでに半分以上の人が座っていた。

待っている様子は千差万別で、ノートに筆記しようと待ち構えている人、腕を組んで目を瞑って何やら難しい顔をしている人、隣の人と会話が途切れない人、じっと一点を見つめたまま全く動かない人。
映画とか大学の講義とは全然違う。

唯香と美砂は一緒に並んで座ってはいたものの、いつものように話す気にはならない。
ただ、周りの状況を把握しようとしてゆっくり見回すだけだった。

そうこうしていうる内に、チャネラーが現れた。
男性だ。
年齢的には50歳を少し過ぎたぐらいだろうか。
でも、外人さんの歳は良くわからないから、もしかしたらもっと若いのかもしれない。

司会者は、本屋で自分に声をかけてきた、あのきれいな女性だ。
その女性がチャネラーと通訳の紹介をし終わると、照明がうす暗くなり、柔らかいスポットライトが2人を照らした。

最初は、300年ぐらい前に亡くなったという男性が現れた。
現世にいた時は農夫で、自分が現世に居た時の家族のこと、農業で体験した自然界の驚異、他界した後の様子などを話してくれた。

次に現れたのは若い人で、自分はまだ生きているのに、家族に捨てられてしまった、と泣きながら訴えていた。
死んだのに、死んだことに気が付いていないということらしい。

唯香にとって、この2人の霊が話したことに興味はあるけど、どうしても半信半疑から抜け出せない。

  死後の世界って、本当にあるんだろうか。
  さっきの話は、本当に死んだ霊が語ったんだろうか・・・

3人目は、かつては宗教団体で教祖をしていたという人だ。
この3人目の人がアセンションについて語り始めた。

アセンション・・・それは地球と人類の総合浄化のことであって、2004年ごろから自然現象の異変という形で始まり、2012年に完結するのだとか。
そして、その結果、三次元という物質世界中心であった地上が、五次元という精神中心の世界に移行すると言う。

だから、私たちはそれに乗り遅れないようにしなければいけないと。
もし乗り遅れたなら、かつて体験したことがない程の大きな苦しみを味わうことになるらしい。

乗り遅れないためには特別なことをするのではなく、自然環境を愛し、自然が破壊されないようにすることが大切らしい。
そして、自分を大切にするように、とも言った。

   そうかあ、すごい時代に自分たちはいるんだ、
   なんだか本当にすごい!
   私はアセンションに乗っかることができるんだろうか。

唯香の中で、もっとアセンションのことを知らなければいけない、乗り遅れてはいけない、という切羽詰まった気持ちが押し寄せた。

チャネリングが終わって、質疑応答が始まると、誰もかれもが他愛のない質問をした。

唯香も手を挙げ、アセンションのことをもっと聞こうとしたが、残念ながら指名してはもらえなかった。
ワークショップが終わり、書籍を販売しているところに走って行くと、「アセンションの到来」というタイトルの本が目に留まった。
多くの人が集まっていて中を見る余裕がないので、そのまま購入した。
それでも、何だか宝物を手に入れたようにワクワクした。

帰り道、美砂は「死後の世界って本当にあるんだね、すごいよね」、を連発していた。

家に帰ってから、一気に本を読み終えた。
あれだけワクワクしたのに、読み終えた感触はなんとももどかしい。
掴みどころのない内容だったので、信じていいのかどうか、逆にわからなくなってしまった。

モヤモヤした思いを持っていたら、翌日、美砂が面白いことを言って来た。

 「業者で出入りしている加藤さんという人だけど、
  スピリチュアルのことを良く知ってるんだって。
  学習会も開いているって話よ。」

 「へえー、スピリチュアルの学習会なんてあるんだ。
  その加藤さんて、どこの会社の人?」

 「うーん、それがよくわかんないんだよね。
  だけど、相当の変わり者なんだって。」

 「変わり者?」

 「肉も魚も卵も食べなくて、お酒もタバコもギャンブルも
  やらないらしい。
  いつもニコニコして人当たりはいいみたいだけど、
  ストイックで相当な堅物だから付き合いも悪いし、
  誰とも話が合わないっていう噂よ」

そんなに変わっている人というなら、ちょっと怖い気もするけれど、アセンションについてどんな考えを持っているのか、聞いてみたい気もする。

   どんなふうに堅物なんだろう。
   人当たりは良いということだから、話しやすい人だといいな。
   こんな自分、相手にしてくれるかな・・・
   どうしたら、その加藤さんと出会えるのだろう。

それから2週間ほどたったある日、唯香が会社の外の掃除をしていると、男の人に呼び止められた。

 「あのう、○○商事のものですけど、営業の三島さんに会いに
  来ました。
  いつもは加藤が来るんですけど、風邪をひいて休んでいるので、
  私が代わりに来ました。
  どこに行けば三島さんに会えますか?」

 「営業なら3階です。
  そこのエレベーターで3階に行って、そちらで聞いてみてください。」

とそこまで言って、ふと「加藤」という名前に引っかかった。
もしかしたら、美砂が言っていた加藤さんのこと?

 「あのう、その加藤さんて、ストイックで堅物の人ですか?」
 「加藤のことを知ってるんですか?」

美砂は意外なところから加藤さんの会社がわかったことに、心が躍った。

毎週水曜日の朝イチでウチの会社に来ていることがわかったので、次の水曜日は外の掃除をしながら待ち伏せしてみることにした。

翌週の水曜日になった。
外の掃除をしていると、「おはようございます」と、元気な挨拶をして通り過ぎようとする男性。
あ、この人が加藤さんだ!

 「あのう、加藤さんですか?」
 「はい、加藤ですけど、何か」
 「あ・・・あのう・・・」
 「はい?」

なかなか切り出せない。
それでも、このままでは自分の方が変な女だと思われてしまいそうなので、思い切って聞いてみた。

 「あのう、加藤さんって、スピリチュアルに詳しいんですか?」
 「詳しいというほどでもないですけど、結構知っている方だと思います」

   ヤッター! この人だ!

 「もしご迷惑でなかったら、色々とお話を聞かせて頂きたいんですけど」
 「いいですよ。 どこで、何時に?」

 「できれば、今日か明日、会社が引けてから。」
 「では善は急げで、今日にしましょう。
  会社から少し離れている方が良いと思うので、○○駅の近くの
  喫茶店でお話ししましょうか」

あまりにも特急なので尻込みしそうになったが、切り出したのは自分の方。
とりあえず、会う時間を決めて、ケイタイの電話番号も交換した。

仕事が終わってから、唯香はドキドキしながら約束の喫茶店に行った。

(つづく・・・)



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