ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.23 「宗教という学校」
信仰というもの、宗教というものは、神を信じる、神を信頼する、という意味らしい。
ところが、日本では宗教団体を意味することが少なくない。
香凛は母親が某宗教に属していたので、子供の頃から仏壇の前に座ってお経をあげることが日課になっていた。
毎週のように家には人が集まり、夜遅くまでみんなでお経を唱えるのはちょっと苦痛だが、子供の身としては、お経が終わってからそれぞれが持ち寄ったお菓子を頂くのはちょっと嬉しかった。
親が宗教をやっているということで、香凛にとって宗教は当たり前のことになっていた。
ところが、なぜか近所の人たちは胡散臭い目で見るし、それがどういう意味かわからない。
「あの人たちは、死んだら地獄に行く人たちだよ。
だから、何を言われても気にすることはないからね」
親がいつもそう言うので、香凛は知らず知らずのうちに、自分は生まれながらにして天国に行けるような気がして、優越感を感じていた。
そんな感じで育ってきた香凛も、大学生になった。
大学に入ってしばらくした頃、友達からサークルに誘われた。
それは「世の中を立て直す会」といって、キリスト教的な内容らしい。
「とりあえず本だけでも読んでみたら」 と言われて、一冊の本を手渡された。
パラパラとめくってみると、世界の歴史の見方が書いてあった。
パラパラと読んでいくと、歴史を紐解くことで神の計画が分かり、それにつれて未来も分かる、というようなことが書いてあった。
これは、学校ではは教えてくれないことばかりだった。
友達があまりにも熱心に誘ってくれるのと、本に興味も湧いたので、試しに行ってみることにした。
部室では、自分より少し先輩の大学生が黒板を使って、何やら熱心に語っていた。
途中から聞き始めたのだが、みるみるその熱弁に引き込まれていった。
その時の内容は、
なぜ人間には悪い心があるのか。
それは、人間が神との約束を破ったことから始まった。
なぜ人間には欲望があるのか。
それは、人間が神を裏切り、天使を装った悪魔の口車に乗って、神になりあがろうと
したことから始まった。
なぜ日本は長い間鎖国をしてきたのか。
それは、神によって、海外の悪の手から守られるためだった。
中東は宗教の聖地なのに、なぜ第二次世界大戦が終わるまで自分の国を持つことがで
きなかったのか。
それは、人間が神の子を殺したから。
次から次へと語られる内容はとても衝撃的で、聞いているだけでワクワクした。
それで、香凛はその場でそのサークルに入った。
その後、若者だけが集まるという真理の勉強会に連れて行かれた。
みんなとても清楚で、現代の若者のようなチャラチャラした雰囲気は微塵もない。
勉強の内容は、本の内容や大学のサークルで聞いたこと以上に圧倒されるものばかりだったし、何より勉強した真理を理解するために、みんなで話し合うのはとても楽しかった。
勉強していく中で知り得た神の計画や真理に心から納得できた時は、嬉しさで小躍りするほどだった。
真理を学ぶことがこれほど楽しいことだとは。
しかし、ただ一つだけ、気になることがあった。
それは毎月の会費が少々高いこと。
上の人にそれを言ったら、「この金額でこれだけ学べるのは安い」 と言われ、納得した。
そこの宗教では、共同生活をする人が多い。
同じ真理を学ぶ仲間と寝食を共にできることは、毎日が修学旅行のような感じで、とても楽しかった。
毎日、朝と晩の1日2回はみんなで集まってお祈りをする他は、わりと自由だった。
ところが、その自由時間をどう使うかで、その人の信仰が試されるということだった。
大半の時間は生活費を稼ぐためのアルバイトに費やされるが、誰もが何とか時間を作って、自由時間を伝道に費やした。
人が本当に救われるためには、この宗教しかない! 心からそう思った。
一人でも多くの人に真理を伝えることが、神への貢献になるし、その人を地獄から救うことだと思うと、必死にならざるを得なかった。
時には、5人1組になり、ワゴン車で寝泊りしながら、遠くへ伝道をしに行くこともあった。
その宗教の中では、香凛は優秀な信者になっていた。
それから4年たち、香凛は大学を卒業した。
ある日、上の人からテストを受けてみたらどうか、と言われた。
テストというのは、幹部になっていくためのテストだ。
段階はいくつかあるが、真理を他の人に伝えるには、神の代理としての資格が必要なのだという。
間違った真理を伝えることは罪だから、一生懸命勉強をして、テストに合格すれば伝える資格が得られるのだという。
そして、みんなの前で、代表としてお祈りすることもできる。
香凛は思い切ってテストを受けてみることにした。
すると、思いもよらず、合格した!
その後もテストを受け続け、10段階ある幹部への道の中で、真ん中ぐらいまで上がっていった。
すると、ある時、上の人から一つ提案された。
幹部になると、自分は偉いという傲慢な思いが出てくるので、そういう気持ちを払拭するために、神の従順な僕になるために、そして自分が神から逃げないようにするために、わざと自分で自分に借金を課す必要があるという。
家一軒を買えるほどの高額な祭壇を数人で分担して購入し、毎月返済し続けていくことで、神の僕として認めてもらえるのだという。
そして、自分が借金として毎月払うお金は、世界のあちこちで苦しんでいる飢餓の人たちの救済に当てられるのだと言う。
自分の働いたお金で多くの人が救われるなら、何をためらうことがあるのか。
香凛は祭壇の購入に参加した。
ある日のこと、いつものように一軒一軒の戸を叩いて、伝道をしている時のことだった。
小さい家だが、庭がきれいに作ってあって、季節の花が美しく咲いているお宅があった。
引き寄せられるようにしてその家のチャイムを鳴らした。
一軒一軒回っていると、宗教と分かるだけで嫌な顔をされ、門前払いをされるのがほとんどだが、このお宅の人は違った。
その人は50歳ぐらいのご婦人で、とても穏やかな感じの人だった。
そのご婦人は、香凛が伝道のために一軒一軒の戸を叩いていることを知って、ほろりと涙をぬぐわれた。
そして、家の中に招き入れてくださり、話が聞きたいと言われた。
香凛たち伝道者にとって、こんなにうれしいことはない。
応接間に通され、その人は紅茶まで出してくださった。
ところが、いざ話そうと思うと、なぜか言葉が出てこない。
それでも何とか歴史を紐解く形で、これまで自分が勉強してきた内容を話し始めた。
その人は、頷きながら香凛の話を熱心に聞いてくれた。
ある程度話し終わった頃、そのご婦人が香凛に言った。
「あなたが話してくれていることは、一見すると理にかなっていて、正しいように
聞こえるけど、あなたはそれをどれぐらい体験しているのかしら。
真偽を確かめたことはありますか?
神様を体験したことはありますか?
勉強した内容ではなくて、あなたが体験して納得したことが聞きたいわ。」
その言葉を聞き、香凛は一瞬時間が止まったような感じがした。
「も、もちろんあります。 次に来た時に、ゆっくり話します。」
そう言って、ご婦人の家を後にした。
帰る道々、いろいろな思いが湧きあがった。
私が体験して納得したこと?
考えてみれば、自分が語ってきたことは、教えられたことばかり。
上から教えられたこと、本を読んで得た知識を、さも自分は何もかも知っていると
言わんばかりに、後輩にも、伝道でも語ってきた。
その夜は眠れなかった。
ウトウトとしかけては目が覚め、また考え、またウトウトとはするものの熟睡できずに、朝になった。
翌日はアルバイトに行く日だったが、どうしても行く気になれず、気が付いたら公園にいた。
木漏れ日の中でベンチに座っていたら、ここ数年ゆったりした時間を過ごしてないことに気がついた。
いつもはアパートの一室でみんなと一緒に祈るのだが、今日は一人でじっくり祈ってみたくなった。
神様、もし私の声が聞こえているのなら、どうか私の疑問に答えてください。
お願いです。 どうか私の疑問に答えてください。
時間をかけて、心を込めて、何度も何度も祈ったが、祈りから答えは得られなかった。
しかし、その日から香凛の意識が少しずつ変わり始めた。
共に歩んでいる仲間の見方、組織内のルール、自分がこれまで感じてきたことへの疑問が膨らみ始めたのだ。
ある日、仲間の一人が言った。
「今日伝道で歩いていたら、去年までここにいたEさんを見かけたの。
あの人って堕ちたんだよね。 かわいそうに」
堕ちた!? かわいそう!?
その人は香凛も良く知っている人だったし、仲が良かった人だ。
宗教から離れた人とは会ってはいけないという暗黙のルールがあるため、気にはなっても連絡を取ったことはなかった。
しかし、考えてみたら、なぜ会ってはいけないんだろう・・・
それまでは当たり前に思っていたことだったが、その日は大きな疑問となって残った。
それから数日して、別のことが起きた。
まだ新人の女の子だが熱心な子で、伝道に出かけたお宅で、いろいろと聞かれたのだという。
「あなたがやっている宗教にはどんな人がいるの?
ご両親は許してくれてるの?
みんなでしている仕事は何?
生活費はどうしているの?
共同生活していて、トラブルはないの?」
宗教とは違うプライベートなことばかり聞かれたが、素直に全部答えたのだという。
これが上の人の耳に入り、こっぴどく注意された。
香凛は今まで、なんとなくだが、内部のことはあまり他の人には言わない方が良いだろうと思っていたので、聞かれた時は適当に言葉を濁していた。
しかし、よくよく考えてみたら、どうして話してはいけないんだろう。
別に隠しておくようなことは何もないし、悪いことをしているのではないから、何を話してもいいはず。
そんなことを考えていたら、何やら玄関の方でザワザワしているのに気がついた。
どうしたのかと行ってみると、仲間の両親が面会に来ていて、娘を連れて帰ると言って動かないのだという。
ところが、上の人たちの判断でその仲間をどこかに連れ出して隠したらしく、それで両親が騒いでいたのだ。
そこから端を発して、またまた疑問が膨らんだ。
どうして家族に会わせないようにする必要があるのだろう。
上の人の言葉は絶対だと教えられたから、言われるままに実行してきたけど、
それって変。
だって、人間である以上完璧ではないし、判断を間違えることだってあるはず。
上の人の判断の方が絶対に正しいだなんて、変だわ。
うまく事が運べば自分たちが正しい証拠だと言うし、そうでなければ、それはまだ準備されている段階だから、もう少し待てという意味なのだという。
香凛は今までもこういうことには何度も直面してきたが、特に疑問に思ったことはなかった。
いや、疑問に思っても自分の中で封をしていたのかもしれない。
しかし、今回は別。
初めて上の人に聞いてみようと思った。
それは、あのご婦人が言っていたこと。
「真偽を確かめたことはありますか?
神様を体験したことはありますか?
勉強した内容ではなくて、あなたが体験して納得したことが聞きたい」
上の人は一瞬言葉を詰まらせたが、こう答えた。
「真理の真偽を問うなんて神を冒涜するものよ。
それに、その人は一般の人なんだから、霊的にはあなたの方が上なのよ。
それなのに、一般の人の話に気をとられるなんて、あなたもまだまだねえ」
今まで何度も聞いてきた言葉だが、この日ばかりは、無性に腹が立った。
と同時に、あのご婦人に会って、彼女の話が聞いてみたくなった。
彼女がどういう体験をしてきたのか、どういう考えを持っているのかを。
約束の日、心を決めて出かけた。
ご婦人は約束の日を良く覚えていてくれて、この前と同じように家の中に招き入れてくれた。
「今日は、私の方がいろいろお聞きしたくて来ました」
「私なんかに何が聞きたいのかしら?」
香凛は率直に、
「私は自分で語ってきたことを、果たして体験しているかどうか、正直分からなくなり
ました」
するとご婦人は、
「体験するというのは特別なことじゃないと思うの。
とかく宗教をしていらっしゃる方は、特別な体験を有り難がります。
そして、時にはそれを神体験だとおっしゃる。
見えたとか、聞こえたとか、光を見たとか、真理に出会ったことこそ神体験だとか。
でもね、私はそんなに仰々しいことだけが大切な体験じゃないように思うの。
私はね、花が大好き。 動物も大好き。
だから、自分も動物も花も、命が与えられていること、生かされていることを思うと、
自然の中には神様の力がいっぱい存在してるって思うの。
春には春の花が咲いて、秋には秋の花が咲くでしょ。
当たり前のことだけど、すごいって思わない?
自然の中には驚くことがいっぱい。
花でも虫でも、季節の移り変わりを知っている。
その季節になると、自分の時だと言わんばかりに一斉に芽が吹き始めるし、
虫たちも出てくる。
とても身近で当たり前のことだけど、これこそ神様がいらっしゃる証だと私は思うの」
聞いてみて、少々気が抜けた。
もっと特別な体験談を聞かせてもらえると思っていたからだ。
ここ数日、自分の宗教に対して疑問ばかりが膨らんでいたので、それを大きく上回る話が聞けるんじゃないかと、勝手に期待していたのかもしれない。
でも話を聞きながら、ふわっと包まれるような、暖かい陽だまりの中にいるような、そんな空間にいるように感じたのも事実だ。
香凛は帰る道々、考えさせられた。
宗教ってなんだろう。
一生懸命勉強して、テストも受け、伝道もして、次は講義をするためのテストを受けられるところまできている。
でも、今日の話を聞いたら、全部が人為的に思えてきた。
翌日、もう一度ご婦人の家を訪ねてみた。
宗教というものをどう考えているのか、それが聞きたくなった。
その人は昨日と同じように、温かく出迎えてくれた。
「宗教ねえ・・・
私もかつては宗教で学んだことがあったわ。
確かに学ぶ面白さとか、新しい発見なんかもあって、とても充実してた。
でも、ある時思ったの。
神様は人間を平等に作られているはず。
たとえ身体や精神に障害があったとしても、霊は正常なはず。
それなのに、勉強ができるとか、伝道ができる人が偉い人と言うのは変だなって
思ったの。
それに、誰もが救われるために生きているのに、天国に行く人と地獄に行く人に別れて
いるというのは変じゃないかしら。
多くの人が組織に縛られ、その宗教の真理に縛られて頑なになっていくし、閉鎖的だし、
暗黙のうちに秘密主義になってる。
それに、私がいたところでは、真理を立派に語る人は多いけれど、体験から真理を
話せる人はほとんどいなかったの。
それで、思い切って宗教をやめたわけ。
やめてからの方が、前以上にたくさん学んでいるような気がするわ。
今は自然の中で、いろいろな人と同じ目線で話す中で、地に足がついた感じで
いろいろ学んでいるもの。
今振り返ってみると、宗教は学校と同じね。
学ぶことは多いけど実践的じゃないのよ。
宗教では理論的にいろいろ学ぶけれど、本当に役に立つ実践ができるのは卒業して
からよ。
卒業して一人で頑張って始めて、本当の意味で生きるというか、自分で神を求めて
いくようになるんだって思ったの。
鳥は鳥かごの中にいれば、エサも水も与えられて、何不自由なく楽に生きていられる
けど、それって、本当に幸せなのかしら。
あなたは、鳥にとってはどちらの生活が幸せだと思う?
カゴの中で不自由だけれど守られて長く生きるのと、短くて危険がいっぱいだけど、
自然の中で自分でエサを捜しながら生きるのと。
もしあなたが鳥なら、どちらの道を選ぶかしら?
死んで終わりなら、カゴの中で長生きした方がいいかもしれないけど、
人は死んでも霊は死なないし、成長しなければ長生きしたって意味がないでしょ」
香凛はご婦人の話を聞いて、自分が進むべき道を垣間見たように感じた。
以前は親の宗教に対して、大学に入ってからは今の宗教に対して、何の疑問を持たず、教えられるままに真理を鵜呑みにして信じ、またそれを後輩や伝道相手に対して意気揚々と話してきた。
それはそれでよかったのだが、組織というもの自体に疑問が膨らんだら、もういられるものではない。
組織に対する疑問を払拭して乗り越えるのも成長の一過程だと教えられたが、今はそれも疑問になっている。
もしそうしたことを上の人に言えば、純粋ではないと叱責されるだろう。
それに、この宗教をやめたら、堕ちたとか、地獄に行くとか、いろいろ言われるのは分かっている。
今残っている人のうち何人かは、地獄が本当にあるかどうかも分からないのに、この宗教を離れたら地獄に行くと信じきっている。
だから、離れたくても離れらない。
自分の進むべき道が見えた以上、香凛はもう宗教に留まる価値を見出せなくなった。
宗教は学校と同じ。
社会生活に入る前に、守られて学ぶところ。
あの人の言うとおりだ。
香凛は意を決して、上の人に話してみた。
案の定、引き止められた、というより、サタンに惑わされていると半ば罵倒された。
それから連日、質問攻めにあったが、何を問い詰められても香凛の気持ちが揺るがなかったので、上の人たちは諦め、香凛を出してくれた。
今、香凛は公園のベンチに座り、ゆったりとした時間が流れる中、木漏れ日の中であれこれ考えている。
全てが導きだったのだ。
今は、生まれてから今までのこと全てが、一本の線で繋がっているように感じている。
以前お祈りした時、祈りによって何も答えが得られなかったと思ったけれど、そうじゃなかった。
宗教をやめるに至った経緯こそが霊界が働いた証拠であり、神の愛、神の力なのだと思った。
自分は両親のところには帰らず、しばらく自分で生きてみようと思っている。
でも、今は、あのご婦人に報告したい。
私は神を体験しました、と。
その足で香凛はあのご婦人の家に向かった。
角を曲がるとお宅が見えるはず。
なんだかドキドキしながら角を曲がったら、あのご婦人が門の前に立っているのが見えた。
そして、いち早く香凛を見つけると、とても嬉しそうに、大きく大きく両手を降ってくれた。
なぜか香凛は、古里に戻ってきたような感じがして、気がついたら小走りにご婦人のもとに駆け寄り、その手を握っていた。
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