ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.37 「地上を振り返って」


雪が降り積もった寒い朝、聡史はたった一人で公園のベンチで座ったまま、熟した果物が自然に土の上に落ちるように眠るように逝った。

それからどれぐらい経ったのだろう。
目覚めた時は、穏やかな光が溢れる美しい世界にいた。
その穏やかさはとても心地よく、エネルギーがみなぎっており、目に見える全て、体全体で感じる全てが生き生きと輝いていた。
そして、この時、地上人生のすべてが聡史自身の中で確認できた瞬間でもあった。

  自分はなぜあの集落に生まれたのか。
  なぜ、霊能力を持って生まれたのか。
  なぜ、自分は利用され、搾取されなければいけなかったのか。
  なぜ、次から次へと苦しみの連続の人生だったのか。
  なぜ、なぜ、なぜ・・・

この時、地上時代に抱いていた疑問のすべてが解決された一瞬でもあった。

あの集落には生まれるべくして生まれ、霊能力を人のために使うことで自分のカルマを清算し、他人との関わりに対して善意で対処することで自らを成長させることが目的であった。
そのためには、人々から利用されなければいけなかったし、搾取されなければいけなかった。
その道を通らなければ、いまだに暗黒の中で苦しんでいたことだろう。
それらを自覚すると、辛い体験の一つ一つが神の深い愛であることを魂の深い所から感じ、ただただ感謝の思いで満たされた。

聡史は今回の人生のあり方を確認するために、更に一つ前の人生を振り返ってみた。
それは今から数百年前の日本。
戦乱の世で皆が貧しさに喘いでいたにもかかわらず、裕福な家庭に生まれ、何不自由のない生活を送っていた。

その時もヒーリング能力があった。
子供の頃は親戚だけでなく、遊びに行った先で病気の人を見れば、どんな人でも快く治療していた。
ところが、それが巷に知れるようになると、仲介する父親に高額な金銭を支払う人が増えてきた。
すると、当然のように財産が増えていき、父親は町一番の有力者に成りあがっていった。

子供の頃は純粋な心で貧しい人たちを治していたが、父親の欲が影響したのか、大きくなるにつれて、治療代が払えない人からは家財を没収したり、時には娘を女衒に売り飛ばすこともするようになった。
ついには、貧しい者たちを見捨て、金持ちを優先するようになり、貧しい人たちの苦しみには見向きもしなくなったのである。

聡史の力はどんどんと知れ渡り、殿様から徴用されるようにまでなった。
殿様は医者より聡史の方を優遇し、何かにつけて呼びつけては家来たちの病気を治させた。
それは聡史にとっては大きなステータスとなり、さらに多くの商人や金持ちたちに徴用される要因となったが、同時にそれは医者や薬屋たちの反感も買うことになっていった。
しかし、殿様や豪商たちをバックにしている聡史にとっては、それらは大きな権力となり、恐れを知らぬ者になっていった。
殿さまをはじめとして、治してもらった人たちは聡史を生き神様として崇め、まるで一つの宗教のように信者の数はどんどんと増えて行ったのである。

こうした経緯があり、知らず知らずのうちに聡史は傲慢になり、自分の後ろには神と仏がついていると豪語するようになった。
見捨てた人たちの苦しみも悲しみも顧みることなく、それどころか、弱者たちを踏み台にし、自分さえ良ければいい、自分が儲かることが第一、というようになってしまった。

ところが、驕る者の権勢はずっと続くものではない。
表向きには順風満帆に見えた生活にも陰りが見え始めた。
聡史の傲慢さと私利私欲を求める享楽的生活を見限った妻は、子供たちを連れて実家に帰ってしまった。
口うるさい妻がいなくなったことをこれ幸いにと、大っぴらに贅沢を楽しみ、好色を繰り返すようになった。

ある日、脳梗塞で倒れ、左半身がマヒし、誰かの手助けがなくては生活できないようになってしまったのである。
ヒーラーであるにもかかわらず、その病を自分で治すことができない。
それを知った取り巻きたちは、聡史から得るものはもう何もない、かえって厄介なことに巻き込まれるかもしれないとお互いに言い合い、一人二人と、しだいに彼から離れて行った。
出て行った妻と子が一旦は看病のために戻って来たものの、聡史に身に付いてしまった傲慢さが災いしたのか、再度実家に戻ってしまった。
すると使用人もだんだんと減り、発症してから10年ほど患った後に寂しくこの世を去った。
他界した時、財産はほとんど残っていなかった。

この人生では、聡史はまだ死後の世界のことを知らなかった。
巷では、「死後も人は生きて行くのだから、目を覚ませ!」と叫んでいる霊覚者もいたし、仏教では「六道の輪廻」の教えが知れ渡っていた。
享楽の人生をたしなめる友人もいた。
しかし、聡史にはそうした声が耳に入っても聞こえず、見向きもせず、人は死んだら終わりなのだから、自分がやりたいように生きるのが一番良いと、信者まがいの人たちに説くほどだった。

ところが、寂しさのうちに他界して目を覚ましてみると、周りは真っ暗で何も見えない。
自分は生きているのか死んでいるのか、立っているのか横たわっているのかさえ分からない。
時おり小さな光が見えることもあるが、それはすぐに消えてしまう。
そうした真っ暗な中にいる状態がどれぐらい続いただろう。
しばらくして聞こえてきたのは、自分が関わった人たちの声だった。
それも、おぞましいモノばかり。

聡史のヒーリングを受けられずに、苦しみながら死んでいった者たちの泣き叫ぶ声。
聡史を利用して治療代を搾取していた者たちの高笑い。
必死になって治療を願い出ている人たちの切実な声を無視して、容赦なく追い返す門番の怒号。
まだ幼い娘が両親から引き離される時の泣き叫ぶ声。
治療代が払えずに通告され、体罰を与えられて身体に異常が残った者の恨みの声。
そうした声という声が真っ暗な中で、耳を塞いでも塞いでも途切れることなく聞こえてきた。
聡史はその声の連続に発狂しそうだった。

 「誰か止めてくれ!  あの声をやめさせてくれ!」

そう叫んでも喉が詰まって声が出ない。
この状態がどれぐらい続いたのだろう。

次第に目が慣れて来ると、何かが見えるようになってきた。
ところが、見えるのは自分のせいで人生が狂ってしまった人たちの恨みの目ばかりだ。
厳しい取り立てに耐え切れずに一家心中した人たちの憤った目。
聡史を利用した人たちのほくそえんだ顔。
それらが代わる代わる、またしても途切れることなく目の前に現れた。
見たくなくて目を瞑っても、その人たちの顔が目の中に飛び出てくる。
声も聞こえてくる。
周りをすべて囲まれているので、逃れたくても逃れられない。
視線を別のところに移すと、黄金、贅沢な食事、美しい着物の数々、御殿のような自分の家が目に飛び込んできた。
しかし、それらはどんどん色を失い、やがて崩れ落ちた。
自分が築き上げてきたものが目の前で打ち砕かれていく。
その間にも憤った人たちが足元で下から睨み上げ、恐ろしい言葉を吐いている。
そこから逃げたいのだが、真っ暗な中をどっちに逃げたらいいのかさえ検討もつかないし、体も動かない。
あまりの苦しみに耐え切れなくて、そこから逃げるために自殺しようとするのだが、それも適わない。

この間に、ふと楽になる瞬間があった。
光が現れ、
「目を覚ましなさい、そして神に祈りなさい。」
という声が聞こえてきた時だった。

ところが聡史は、

「目を覚ませだと!
 神様だと!
 こんな苦しいところに居て目を覚ますも何もないもんだ!
 わしが神だ!
 そんなことも知らないのか!」

そう叫ぶと、光は一瞬に消え、また前のような状況が押し寄せてきた。
慌てて

「助けてくれ! 言われた通りに目を覚ますから助けてくれ!」

と叫んだが、先ほどの光は現れない。
それどころか、アノおぞましい声と光景がまたしても次から次へと、手を変え品を変え自分に向かって来た。
そして、耐え切れなくなるとまた光が現れた。

「お前はもう死んでいるのだから、目を覚ましなさい。」

「わしが死んだだと!?
 誰か知らないが、馬鹿を言うんじゃない!
 わしはこうして生きているじゃないか!」

そう反論すると、光はたちまち消え、またしてもおぞましい光景が繰り返された。

こうした繰り返しがどれくらい続いただろう。

生も根も尽き果て、諦めと後悔の心がのぞき始めた頃、今までのおぞましい声と光景が消え失せ、何とも言えぬ温かい声が聞こえてきた。
その声に耳を傾けてみると、それは祈りの声だった。

「神様、多くの人が苦しんでいます。
 他界してもなお気が付いていない人たちが、早く気が付きますように・・・」

その祈りの声に、聡史は得も言われぬ安らぎを感じた。

「もしかしたら、わしは本当に死んでいるのか・・・!?
 ああ、神様・・・
 ここから、この苦しみから抜け出したいのです。
 どうしたら抜け出せるのでしょうか・・・」

そう言った瞬間に、時おり見えていた光が本当の姿を現した。

「あなたはすでに他界して霊になっているのです。
 長い間、私はずっと待っていたのですよ。
 あなたは自分で作ったカルマに自分が縛られ、
 自分の悪意と悪行が自分を苦しめていたのです。」

「そんなこと、誰からも教えられてない。
 誰も教えてくれなかったじゃないか。」

「いいえ、どんな人の心の中には善意というものがあります。
 道義心もあります。
 あなたが自分の中の道義心を無視したせいで、私の声が聞こえ
 なかったのです。
 私の声は善意の心でしか聞こえないのです。
 でも、時々あなたには聞こえていたのです。
 それなのに、あなたはことごとく無視しました。
 思い出してください。
 あなたが生まれる前、地上生活に何を望んで、何を決心して
 いたのかを。」

「ああ、確かに私には使命がありました。
 前の生で多くの人の命を救う者になりたいと願っての再生でした。
 今思い出しました。
 子供の頃は善意で病気を治していましたが、大人になるにつれて
 享楽的で私利私欲を求める人生を送ってしまいました。
 多くの人の命を救うどころか、多くの人を苦しめてしまいました。
 聞こえるはずの声を聞こえなくしていたのは、私自身だったのですね。
 こんなにたくさん積み重なってしまったカルマをどうやって償えば
 いいでしょうか・・・
 お願いです、どうか教えて下さい。」

「もう一度地上に戻ってやり直しなさい。
 善意で多くの人に接しなさい。
 相当苦しい人生になるけれど、それしかありません。」

「ああ、神様・・・
 やり直しの機会を与えて頂けるのですね。
 有難うございます、有難うございます・・・」

こうして聡史は再度生まれ、厳しい人生を歩むことになったことを思い出した。
地上に生まれる時にすべてを忘れて生まれたとはいえ、守護霊の力が助けとなって、享楽的になりそうな時は、そうならないように挫折という形で配慮してくれたことに心から感謝した。

一つ前の人生では、自分はとんでもなく多くの人を苦しめてきたのに、たったこれだけの苦しみだけで許してもらえたとは・・・
それどころか、人に尽くすことで、その何十倍もの神の愛で満たされていことを再確認できた。
どれだけ感謝をしてもしつくせない。
この有り余る恵みをどうやったらお返しできるのか。

それでも今回の地上人生は何かと後悔することがあった。
忘れていたとはいえ、身を隠したいほどの恥ずかしさに捉われていると、ある人が目の前に現れた。
いつも蔭になり日向になって聡史をサポートしてくれたCさんだった。

Cさんは、ことあろうか、かつて自分の父親だったことを思い出した。
聡史の霊力のお蔭で大金が転がり込み、贅沢三昧をして一生を過ごした。
地上的に見るなら幸せな一生だったが、霊界に戻ってみるととんでもないことをしたことに気が付いた。
聡史を私利私欲の道に引きずり込んだ罪は大きかった。
聡史とはまた違って、地上時代以上の享楽的な生活に放り込まれていた。
地上にいた時はまだ理性があったし、周りには遊びを制御させようと口うるさく言う人もいた。
しかし、こちらではそんな人はいない。
誰にはばかることなく、贅沢三昧、遊び呆けることができた。
ところがである。
最初の内は楽しかったが、こうした生活にもやがて飽きがきた。
しかし、享楽的生活から逃れられない。
最初は美味しかったごちそうも、やがて砂を噛むような味気無さに変わった。
しかし、お腹が空くから食べざるを得ない。
食べても食べても空腹感が収まらない。
そのうえ、汚れた着物をまとい、顔も容姿も醜く崩れた花魁たちに付きまとわれ、逃げても逃げても追いかけられてとことん苦しんだ。
それで今世では、聡史をサポートすることでカルマを清算する道を選んだのだった。

地上時代に出会った人たちを振り返ってみると、初めて会った人は少なく、ほとんどが以前の生で何らかの関わりを持った人たちだったことを思い出した。
そして、それぞれがかつての償いをするために地上に生まれてきていたことも分かった。
カルマを清算しながら成長していく道は、神の愛を最高の形で具現化したものであり、これこそが摂理であり、神の力そのものであるということが体全体で実感できた。

さて、再開した二人の話は尽きない。
こちらでは時の流れはあっても、時計で測れるようなきっちりとしたものはない。
人それぞれ感じ方が違うのだ。
地上の1日は、ある人にとっては何十年、何百年にも相当するが、ある人にとっては一瞬でしかない。
だから、聡史とCさんは満足するまで話はしたが、地上の時間でどれくらい経ったのかは全くわからない。
お互いに満足するまで話した、ということにすぎない。

さて、二人の話は過去の確認と、かつて関わったことがある人たちの話へと展開していく。



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霊的故郷