何年ぐらい前からだろう、「スピリチュアル」という言葉がトレンディーな感じで使われるようになってきたのは。
「霊界」という言葉が俳優の丹波哲郎氏によってメジャーになったし、興味を持つ人も増えてきた。
が、キナ臭い雰囲気はどうしても消えない。
それで、宗教を含め、精神世界とか、目に見えない世界、科学では解明できない能力など、すべて「スピリチュアル」という言葉で表されるようになってきたのかもしれない。
☆ ☆ ☆
ここは、ある商社の事務所。
「ねえねえ、清正の井戸って知ってる?」
「え? 何それ」
昼休みに、美砂が同僚の唯香に話しかけた。
「ちょっと聞いたんだけどさあ、清正の井戸っていうのは、明治神宮に
あるパワースポットなんだって。
いつもお水が湧き出ていて、そこを写真に撮って、ケイタイの
待ち受けにしておくとご利益があるみたい。
行ってみない?」
「うーん、私はそういうの興味ないから。」
「そんなこと言わないでさあ、一度行ってみようよ。」
美砂にせがまれて、しぶしぶ行くことにした。
場所は明治神宮を入って一番奥。
ここの池の水は清正の井戸から湧き出て流れてきたものらしい。
今でこそ有名になったが、美砂がこの情報を仕入れて来た時は口コミで広がり始めたばかりだったから、日曜日に行っても、まだそれほど多くの人はいなかった。
「へえー、これが清正の井戸かあ。
清正井って書くんだ。
思ってたよりシンプル。」
美砂は感慨深げに水が湧き出ているところを眺め、デジカメで何枚も写真を撮った。
その光景を眺めながら、唯香は不思議な感覚を受けていた。
日常のいつもとは違う神秘的な感じとでも言ったらいいのだろうか。
神宮だからこうした感じがするのか、それとも、パワースポットだからだろうか。
とにかく、静かではあるが、力強いエネルギーを感じて、心が洗われるような気さえした。
「美砂、連れて来てくれてありがとう!
来てよかったぁ。」
「ね、来てよかったでしょ。」
「帰ったら、写真を送ってね」
明治神宮を出てから、レストランに入った。
行く前は乗り気じゃなかった唯香だが、「清正の井」の雰囲気を肌で感じた後だったので、美砂が話すパワースポットのウンチクはとても新鮮に映った。
その夜、さっそく美砂から写真が送られてきたので、すぐに待ち受けにした。
何かいいことがあるといいなあ。
どうか、良いことがありますように。
そう念じて眠りについた。
それから数日して、唯香が部屋の掃除をしていると、失くしたはずの時計が出て来た。
その時計は高校の進学祝いとして、両親からもらった物だった。
学校で失くしたのか、通学途中で失くしたのか、どこで失くしたのかわからなかっただけに、机と本箱の間に見つけた時は一瞬呼吸が止まるほど驚いた。
「すごい!
これって、清正の井のご利益かも!」
このことを伝えたくて美砂に電話をしようとケイタイを開いた途端、着メロが鳴った。
美砂からだった。
「うっそー、美砂?
私、今かけようと思っていたところ。
スゴイ! シンクロしてるよ!」
「本当? スゴイ!
これって、まんまスピリチュアルだよね!
実はね、私もスゴイことがあったんだ」
以前から憧れていた営業の先輩からメールが来たと言って、早口で話し始めた。
彼とは挨拶程度にしか話をしたことがなかったから、自分のメアドなんて知らないはず。
それなのにメールが来たというのだ。
そして、メールの内容は、一緒に食事でもどうか、ということだったから、思いっきり舞い上がっていた。
美砂の話がひと段落したので、次に唯香が失くしたはずの時計が出て来たことを話すと、2人で「清正井」のご利益があったと言って喜び合った。
それからしばらくして、テレビで「清正井」が取り上げられたことを知った。
テレビの影響は絶大で、その後は行く人がものすごく増えたらしい。
休日にもなると行列ができるほどになったと聞くと、何だか得した気分になった。
その後、美砂は先輩とデートできると喜んでいたが、いざ会ってみると、先輩と同じ部署の人が美砂と付き合いたいから一度会ってみないか、という話だったので落胆した。
その話はその場で丁重に断ったが、あこがれの先輩と2人だけで話せただけで、まっいっか、というところで気持ちを落ち着かせたようだ。
時計の件があってから、唯香はパワースポットに興味を持ち、美砂の都合が良い時は2人で、都合が悪い時は一人であちこち出かけるほどになった。
しかし、どこに足を運んでも、時計が見つかった時ほどのご利益がないので、パワースポット巡りは段々と遠のいて行った。
「清正の井」に行ってから3か月ほどした頃、美砂が可愛い袋からブレスレットを出して見せた。
「これね、パワーストーンって言って、これが水晶で、
これがシトリン。
水晶は困難を乗り越える石なんだって。
シトリンは私の誕生石で、身に着けているとお金がたまるし、
ダイエットにもいいんだって言ってた。
昨日A子と占いに行ったんだけど、良く当たってたし、
普通のお店で売られているのより高かったけど、運気も上がるって
ことだから、へへへ、買っちゃった。」
当たったと聞くと心がじっとしていられない。
美砂と一緒に唯香も行ってみることにした。
占いはタロットで、性格とか人間関係、過去のことが当たっていたから、未来のことも当たっているだろうと思った。
が、最後に一言、「あなたは邪悪な霊に憑かれやすいから気を付けた方が良いですよ」、と言われたのが気になった。
その邪悪な霊に取り憑かれないためにはどうしたらいいのかと聞いたら、運気の上がるブレスレットを身に着けていれば大丈夫、と言われ、石をいくつか見せてもらった。
「偽の占い師だと、除霊と称して何十万、時には数百万も取る人が
いるんですよ。
あなたの場合は除霊しなければいけないほどの悪い霊は憑いて
いないけど、今後とり憑かれやすい傾向があるから、とりあえずは
悪霊が近寄りにくい力を持つ水晶のブレスレットを身に着けるだけ
でいいわ。」
そう言われて、唯香もブレスレットを買うことにした。
値段は1本10万円。
他のところで除霊をしてもらうと数百万かあ。
となると、10万円はすっごく安いじゃない。
手持ちがなかったので、その場で銀行に走り、お金を降ろして占い師のところに急いで戻った。
せっかく10万円も払うのだから、悪霊を追い払うだけでなく、健康、恋愛、金運、全てが上昇する石を選んでもらった。
ブレスレットが出来上がったので手にはめてみると、何かしらエネルギーを感じた。
「さすが違うよね。
普通のお店で買ったものだとこんな力は感じないもん。
良い物が手に入って良かったあ」、
そう言って、互いに喜び合った。
腕にはめていれば気持ちが落ち着き、前向きになれるような気がした。
次に美砂が仕入れて来た情報は、「リーディング」と言われるもの。
なんでも、霊界にはアーカシックレコードという個人の成長記録が収められているところがあって、特別な能力のある霊能者だけがそれを見ることができる、ということだった。
その霊能者は京都に住んでいるから、予約を取って行ってみよう、ということになった。
料金は5万円。
ちょっと高いなあと思いつつも好奇心の方が強く、少々迷ったが、行くことを決めた。
日曜日は予約が1年先まで入っているということだったので、なるべく早く見てもらうには平日に予約を取るしかない。
同じ日に休みは取れないので、2人は別々の日に有給を取って行くことにした。
美砂の方が唯香より早い日に予約を取った。
リーディングをしてくれるところはマンションの一室。
お香が焚かれ、壁全体にはインドかパキスタン方面と思われる柄のカーテン。
薄暗い照明の中で曼陀羅の絵が浮かび上がっていて、ここは地上と霊界の境目の場所なのかと思うほど、異質な雰囲気を醸し出していた。
まず、どこのお茶だろう、少々くせのある香りのするお茶が出され、それをゆっくりと飲み干し、瞑想するように言われた。
飲んでいる間にお盆の上に料金を乗せるように言われたので、美砂はその通りにした。
すると、マスターと言われる女性が現れた。
リーディングに際して3つまで質問が許されるということだったので、前もって考えてきたことを伝えた。
その質問と答えは次のようなものだった。
@ 私の前世は誰ですか?
・・・あなたは100年ぐらい前、中国の貧しい農村に男として
生まれ、その後、宮廷に仕えるところまで大出世しました。
中国の歴史に名を遺すほどの功績がありながら、皇帝に搾取
され、悲しみのうちに亡くなりました。
A 弟と気が合わないのですが、どんな因縁があるのでしょうか。
・・・弟さんは、中国で生きていた時、あなたの上司でした。
とても横暴な人で、あなたはその人をとても嫌っていた
けれど、はからずも、その人を押しのけて出世してしまい、
その人から疎まれることになりました。
今世ではそのカルマを切るために、弟さんと仲良く
ならなくてはいけません。
B 私の守護霊はどんな人ですか。
・・・あなたの守護霊はとても徳にあふれた方で、神とも言われる
ほどの存在です。
地上にいた時は聖人と呼ばれ、多くの人を導きました。
どの時代にどこで生きていたかを見るには更に時間とエネル
ギーが要ります。
別の日に予約を取るか、もしくは追加料金を出していただ
ければ今から見ることは可能です。
時間にしたら20分ぐらいだったろうか。
どの答えもピンと来るものではなかったが、守護霊が神と言われるほどの人だと聞いて、何だか嬉しくなった。
そうなると、守護霊のことがもっと知りたい。
ギリギリのお金しか持ってこなかったので、別の日に予約をとった。
翌日、美砂の話を聞き、唯香は身体中がゾクゾクした。
早く自分も聞いてみたい。
そんな思いがつのって行った。
翌週、唯香は会社を休み、京都へと向かった。
そのマンションの一室は、美砂が感じたのと同じような、異質な雰囲気を感じた。
唯香の質問と霊能者の答えは次のようなものだった。
@ 私の前世はどんなだったのでしょうか。
・・・あなたは、以前フランスに住んでいたことがあって、
とても裕福な家庭に育ちました。
いわゆる伯爵令嬢です。
社交界にデビューした時は、その美しさで周りを圧倒
しました。
その前はイギリスにいました。
この時は語学が堪能で、社交界に招かれる多くの外国人の
通訳をしていました。
特に、バッキンガム宮殿に訪れる方たちの通訳として際立ち、
女王の側近の1人でもありました。
それよりかなり前ですが、エジプトのファラオの第2王女
として生きていた時もあります。
A 私のラッキーカラーは何色でしょうか。
・・・あなたを支配している色は、グリーンです。
過去世、現世、来世、どの世界においてもグリーンに
支配されています。
洋服のどこかにグリーンを入れることで、背後からの力を
更に得ることができます。
B 親戚に障害のある人が居るのですが、気になって仕方がありません。
その人と私は何か縁があるのでしょうか。
・・・その人の生涯は前世の報いを受けたものです。
あなたがその人に罪を犯させたのです。
その人は貧しい家庭で育ったにもかかわらず、
あなたはその人を気に入り、僕として傍に置きました。
ところが、その人はあなたの我儘に我慢ができなくなり、
ある日、短刀であなたに切り付けました。
幸い傷は深くなかったものの、あなたの父親は烈火の
ごとく怒り、その人の右腕を切り落とし、宮殿から
追い出してしまいました。
その方とあなたはそうしたカルマがあります。
そろそろ時間です。
これ以上お話しするには、料金が加算されます。
親戚の障害のある人のことに関しては、思いもかけないような答えが返ってきたことに少々戸惑いを感じたが、これが真実だとしたら・・・。
しかし、自分が彼女に罪を犯させたのなら、償わなければいけないのだろうか。
ラッキーカラーに関しては、自分はずっとブルーだと感じて来たのに、グリーンだと言われたので、少し違和感はあったが、これからはグリーンを身に着けることにしよう。
それより、時間がたつにつれ、自分は伯爵令嬢だったとか、女王の側近だったとか、ファラオの第二王女だったと知らされたことに、嬉しさがどんどん込み上げてきた。
帰りの新幹線の中で美砂に電話をかけて、詳細を話した。
「へえ、唯香ってすごいところの出身だったんだね。
いいなあ」
そう言われ、更に喜びが増した。
しかし、よくよく考えてみると、何かスッキリしない。
過去世は自分にとっては嬉しい内容だったのだが、そのリーディングの内容は本当に正しいのだろうか。
それで、それを確かめるために別の霊能者にもリーディングをしてもらうことにした。
ネットを調べたら、都内で3人見つかったので、全部受けてみることにした。
料金はまちまちで、安いところは5千円、高いところで2万円だった。
ということは、京都の霊能者は極端に高いではないか。
3人の霊能者には、京都の霊能者に質問したことと同じ質問をしてみた。
すると、全員違う答えを出してきた。
こうなると、どれが本当かわからない。
前世にしても、南アメリカの高地に住むインディオだった、韓国に住んでいた、中東でジプシーとしてあちこちを転々としていた、日本から出たことはない、百姓をしていた、と本当に様々だ。
一致するのは一つもなかったから、どの霊能者を信じて良いかわからない。
食い違いがずっと引っかかったまま、数週間がたった。
唯香は自分で答えを見出そうと考え、本屋に行ってスピリチュアルに関する本を何冊か買って読み始めた。
その中で、「アセンション」という言葉が目に入った。
アセンション・・・?
そこには、「アセンションとは、地球規模で人類が三次元から五次元に移行する」と書いてあった。
つまり、物質世界が意識世界へ変わるということを意味していると言うのだ。
それも、2012年の終わりに。
本屋で立ったままボーっと考えていたら、モデルかと思うほどきれいな女性が話しかけて来た。
(つづく・・・) |