ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.29 「あるヒーラーの一生・・・ A 心霊治療」


中学を卒業するとすぐに、聡史は父親から離れ、担任が紹介してくれた印刷工場に就職した。
従業員は全部で10人ほどの零細企業だ。

聡史は工場の寮に入ることにした。
寮は工場から歩いて10分ぐらいのところにあって、6室あるアパートのうち、2室が寮として使われていた。

同室になった先輩も聡史と同じ中卒で、3年前に入ったと言う。
先輩は優しい人で、もし自分に兄がいたら、兄弟ってこんな感じなんだろうなと思うぐらい、何でも話せる人だ。

嬉しいことに、工場の社長も奥さんも、聡史を自分の子供のように可愛がってくれる。
この時、聡史はまだ15歳。
仕事を早く覚えようと、一生懸命だった。


工場に就職して1年ほどした頃、工場の奥さんが急に倒れ、救急車で病院に搬送された。
くも膜下出血だった。

手術を終えた後、意識は戻ったが、それからが大変だった。
左半身がマヒして、思うように身体が動かせない。
リハビリも始めたが、本人の精神的な苦痛は大きく、

「こんな身体で生きて行くなら、いっそのこと・・・」、

と泣きながら口走ることが多くなっていった。

聡史は、母親代わりとなって世話を焼いてくれる奥さんを助けたくて、マヒしている左半身にそっと触れてみた。
すると奥さんがすっとんきょうな声を上げた。

「え? なになに?
何か変。
あ、左手がだんだん温かくなってきた」

少しだけれど、左半身の感覚が戻って来ているような感じがし始めたと言うのだ。

今までコワ張って動かなかった手の平が半分開き、指が少し動いた。
そして、その手を上に伸ばすと、10pぐらいだが、上げることができた。

「お前が触ったら急に温かくなって指が動いたよ。
一体どうしたんだろう。  偶然かねえ」

回診に来た医者は奥さんの様子を見て驚いたが、

「リハビリが功を奏したんでしょう。 良かったですね」

そう言って、これからは通院しながらのリハビリに切り替えると言うことで、すぐに退院の運びとなった。
奥さんの左半身は、日を追うごとに良くなっていった。

そんな時、社長が聡史を呼び出して言った。

「偶然かどうかわからないが、お前が触ったらカミさんが良くなり始めたんだってな。
聡史は超能力でも持ってるのかな。
もしそうなら、俺も治してくれよ」

社長は椎間板ヘルニアで、なるべく早いうちに手術をしなくてはいけないらしい。
聡史は社長の背中をさすってみた。
すると、しばらくしたら、痛みが消えた。

社長は、

「おおっ?  痛みが無くなってる。
それとも、俺は本当は痛くなかったのか・・・
いや、痛かったが治っているんだ。
これは偶然なんかじゃない。
やっぱりお前は超能力を持っているんだな。
聡史、ありがとう」

そう言って、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

それから社長と聡史は話し込んだ。
この力があるのに気が付いたのはいつごろか、今までも人の病気を治したことが有るのかなど、根掘り葉掘り聞いてきた。
話を聞けば聞くほど、社長は聡史の力に驚き、感嘆の声をあげた。

ひとしきり話し終わると、聡史は社長に、
「お願いですから、他の人には言わないでください。 約束ですよ」
そう言うと、社長は、「わかったよ」、と言って嬉しそうに仕事に戻って行った。

社長は仕事をしながら、「聡史の力を埋もれさせるのはもったいない。 何か良い方法はないかな」、と考えたりした。

その翌週、事務所の奥に間仕切りがされ、3畳ほどの部屋が作られた。
社長は聡史を呼び出して、

「良いことを思いついたんだ。
今工場は火の車だから、それを抜けきるために、お前の力を貸してくれないか。
仕事の合間にちょこちょこっとやってくれるだけでいいんだ。
作った部屋はお前の治療スペースだ。 頼むぞ」

そう言ってポンと肩をたたいた。

まさかこんなに早く約束を破られるとは・・・
しかし、恩のある社長の言うことには逆らえない。

それから社長は、昔からの友達とか、仕事仲間、得意先にも聡史の話をしたらしく、興味本位も手伝ったのか、一週間もしないうちに毎日のように誰かが訪れるようになった。

アトピーの人、膝が痛くて歩けない人、腰が痛い人、手がしびれて物がうまく掴めない人、禁煙ができない人など、病院ではすぐに治らない病気の人がほとんどだ。

最初は仕事の合間にできる範囲だったが、しだいに午後の時間は全て治療に費やすことになり、更には1日中治療する日も出てきた。

聡史が意識を集中して患部に手を置くと、半数の人は温かく感じたとか、目の前が明るくなったとか、何かしら感じるものがあった、と言う。
そして、以前と同じように、多くの人に接するとどんどんエネルギーを消耗し、疲労困憊する日が続くようになった。

口コミで来る人が増えてきたので、社長と相談して、1日に限定10人とし、横柄な人や、自分を試すような態度の人はできるだけ断るようにした。
すると、断られた人からクレームが入るようになり、その時は奥さんが謝ることで収めた。

また、中には涙を流しながら自分の生い立ちとか、病気の辛さを延々と話し始める人が出てきたので、そういう人の場合は適当にお茶を濁すような感じで帰ってもらうこともあった。

すぐに治りそうな人には積極的に治療をし、これは時間がかかるだろうなと思える人とか、気に食わない人には、「急ぎの仕事がありますから」 といって遠慮してもらうこともあった。
そうかと思えば、若くて素敵な女性だったりすると、必要以上に時間をかけて治療したりした。

週末にもなると、社長共々、あちこちから食事に招待され、毎週のように、焼肉やら、ステーキ、寿司、懐石料理などの接待を受けた。
まだ10代なのに、年上の人から「先生、先生」と呼ばれ、チヤホヤされ、お世辞を言われ、当然のように聡史は有頂天になっていった。

彼女もできた。
最初は治療で出会い、気がつくと仕事が終わるといつも会うようになっていた。
彼女はとても可愛い子なのだが、嫉妬深いのが難点。
最近では治療相手にまで口出ししたりするので、聡史は彼女に振り回されることが多くなった。
別れた方が良いとは思いつつ、1人の男として、なかなか断ち切れない面もあり、ズルズルと関係は続いた。

この頃になると、社長は聡史につきっきりになり、従業員のうち2人は治療に来た人の相手をさせられるようになった。
それに、多くの人が手土産を持って来るので、自分1人では食べきれなくて、工場の先輩たちにどんどん分けてあげると、みんな喜んで持って帰った。

ある日のこと、患者として訪れたご婦人に聞かれた。

「どうやって治しているんですか?」

「ちょっと説明がしにくいんですけど、まず病気のイメージを持ちます。
それから、イメージの中でいろいろな治療をするんです。
たとえば、膝が痛い人なら、イメージの中でひざの骨の凸凹を削って、
軟骨を増やしてあげて、関節が自在に動くようにしたりとか。
それから、宇宙からエネルギーを取り入れて、次に自分の手から相手の体に
エネルギーが移動するように気合を入れるんです。」

「練習すれば、誰でもできるのかしら」

「僕みたいな結果は出ないかもしれないけど、誰でもできると思います。
最近では、僕の彼女も少しずつ病気を治したりできるようになってきましたから」

「そうなんですか、先生がされているお仕事は、すばらしいですね。
でも、自分でお金を管理していないと、先生のように純な人は気をつけた方がいいですよ」

その人がなぜそういうことを言ったのかわからなかったので、奥さんに話してみると、

「あら、知らなかったの?
社長はね、患者さんからお金をもらっているのよ。
最初は1人5千円だったのに、最近は1人1万円もらっているんだから。
近々、さらに値上げしようかな、なんて言っているわよ。
ちょっと高いと思うけど、みんな納得して払ってるんだから、いいんじゃないの」

聡史は驚いた。
僕は土日も治療をしているから、月に300万以上社長の懐に入っている計算になる。
この前給料が20万に上がって喜んでいたけど、これはどう考えても割に合わない。

あれこれ考えて、社長に真偽を確かめるために事務所に行くと、社長は言った。

「お前はうちの社員だ。
客からの手土産は全部お前にやっているじゃないか。
それに、わざわざ場所を作って貸してやってるんだから、場所代だけでも相当な
金額になるんだぞ。
芸能界だって、いくら売れてもタレントは給料制なんだから、それと同じことだ」

聡史は何も言えなくて、引き下がるしかなかった。
うまく丸めこまれたような気がして、いやな余韻だけが残った。

そんなやり取りをしている時に、一人の風格の良い男性が入って来た。
その人はB氏と言って、工場にとっては一番の得意先の社長だ。

数日前、社長がB氏に、今までのことを話したらしい。
するとB氏は、「自分も診てほしい」と言ってやって来たのだ。
自分の病気は難病で、どこの病院にいっても“治らない”と言われたという。
しかし、

「もし自分の病気が治るなら、いや、進行が止まるだけでもいい。
そうなれば金はいくらでも払う」

と言うのだ。
その人は、パーキンソン病だった。

聡史はいつものように意識を集中させて、B氏の背中に手を置いた。
手ごたえはあった。
しばらくして聡史が手を離すと、B氏が言った。

「特に変化はないように思えるけど、まあ、少しは良くなったのかもしれないな」

そう言って、謝礼を置いて帰って行った。

翌日、B氏から電話がかかってきた。

「聡史君の治療の話は、嘘っぱちじゃないか。
治るどころか、帰ってから数時間寝込んでしまったぐらいだ。
腕の動きも、かえって悪くなったようだから、急に進行が早まったんだ。
あんたは良い人だと思っていたのに、人の弱みに付け込む人だとは思わなかったよ。
今までお宅の工場に一番たくさん注文していたけど、これからはわかりませんからね。
この前頼んだ仕事? 当然破棄ですよ」

と言い出したのだ。

社長は寝耳に水の話に呆然とした。
奥さんが間に入って謝っても、B氏は契約を取りやめるの一点張りだった。
B氏は、社長の言うとおり、絶対に奇跡が起きると思い込んでいたらしい。
それが裏切られたと言うのだ。

社長は聡史の治療にのめりこみすぎていた。
本業の仕事量が減っていたところに、B氏から契約破棄を言い渡されたことで、倒産の一歩手前まで来ていたことにようやく気が付いたのだ。

裏で社長と奥さんが話しているのがつい聞こえてしまった。

「チクショウ! これだけ良くしてやっているのに、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」

「聡史のせいじゃないよ。
あんたが勝手に期待して、いろいろな人を呼び込んだからいけないんじゃないか。
聡史を恨むのはやめなよ。」

「大口の仕事が無くなったんだぞ。 来月からどうすりゃあいいんだ」

「じゃあ、聡史が稼いだ治療代はどうしたのさ。」

社長はそのお金をギャンブルにつぎ込んで、全て失くしていたのだった。

その日を境に、なぜか治療に来る人が減り始めた。
B氏が言ったことが口コミで伝わっているのかもしれない。
すると、社長は苛立ち、聡史に辛く当たるようになった。
優しかった奥さんまでも、最近はつらく当たるように感じてならない。
聡史にとっては、毎日が針のムシロのようになっていった。

数日してから社長が急に怒鳴った。

「お前を見ているだけで腹が立つ。
どうせここは近いうちに閉鎖せざるを得ないんだから、
さっさと辞めてどこかに行ってくれ。
退職金は出せないからな」

聡史はショックで言葉も出なかった。
どうしてこんなことになってしまったのか・・・

僕は奥さんの病気も社長の病気も治したじゃないか。
あれだけチヤホヤしておきながら、Bさんがすぐに治らなかったからといって、
手の平を返したように辛く当たるなんて・・・

あれもこれも言ってやろうと思ったが、言えなかった。

しかたなく、その日で工場を辞めることにした。
多少の貯金はあるが、早く仕事を見つけなければすぐに底をついてしまう・・・・・
まだしばらくはアパートに居させてもらえるが、できるだけ早く出なければいけない。

同じ頃、彼女から別れを告げられた。
他に好きな人ができたと言う。
聡史は「そうか・・・幸せにな」 とだけ告げた。
少し寂しかったけど、なぜか、ホッとした。

聡史はハローワークに出かけた。
中学を卒業してから印刷工場でしか働いたことがないので、他の仕事をするには勇気がいる。
それに、折からの不況で、ハローワークに行っても聡史ができそうな仕事がない。
父親に相談することも考えたが、あの父親とは連絡を取りたくない。

この日も殺伐とした思いを抱えてアパートに帰ってきた。
このまま仕事が見つからなかったら・・・そう思うと足どりはどんどん重くなった。

暗い気持ちで玄関のドアを開けると、

「あれ?  なんか変だ。 何だろう・・・
あ、先輩の荷物がない。
先輩もリストラを言い渡されて出て行ったんだろうか。
一言も言わずに出て行くなんて水臭い・・・まてよ・・・」

ハッとして、まさかと思いつつ、押入れの自分の布団の中に手を入れてみた。

「アレ? ない !」

押入れから布団を全部引きずり出して、探した。

「ない、ない、通帳と印鑑がない!
それに、残しておいた現金もなくなってる。
まさか、先輩が・・・」

頭から血の気が引いた。

その日の夜、先輩は帰って来なかった。
仕事が終わるとどこにも寄らずにまっすぐ帰ってくる先輩が、夜中になっても帰ってこない。

聡史はまんじりともしないで朝を迎えた。
そして、銀行が開くと同時にキャッシュカードで残高を見たら、すでに全額引き出された後だった。
聡史は一気に力が抜け、その場にしゃがみこんでしまった。

たいした金額ではないが、コツコツと貯めてきた金だ。
そのわずかな預金を根こそぎ盗られてしまったのだ。
それも兄のように慕っていた先輩に・・・
悔し涙がポロポロ落ちた。
聡史はこの日、自分が25歳の誕生日を迎えていたことさえ忘れていた。

次の日は、とりあえず、持っているものを全部売り払うことにした。
ところが、テレビも洗濯機も何もかもが古く、処分するのにお金を出さなければ引き取れないと言う。

何がいけなかったんだろう・・・
どうして僕はこんな目に遭わなければいけないのか。
やっぱり、僕に変な力があるからいけないのか・・・

聡史は、ついこの間まで有頂天になるぐらい周りからチヤホヤされていたのに、今は誰からも見向きもされないどころか、住むところもなくなりかけている。
言い知れぬ不安が心の中いっぱいに広がった。

その翌日は1日中歩き回った。
歩いて何か変わるわけではないが、歩かずにはいられなかった。
歩き疲れて、お腹がすいて、公園のベンチに座った。
所持金はわずかしかないから使うわけにはいかない。
回りを見渡すと、みんな幸せそうに笑っている。
楽しそうな親子、全てがばら色のようなカップル、学生だって勉強で大変そうだが、未来は明るい。
それに比べて、今の僕は・・・

どれぐらいたっただろう。
そろそろアパートに帰らなければ、と考えていると、公園の一角に大勢の人が集まっているのに気がついた。

(続く・・・)



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