ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.8 「霊界へ戻った話 その3」


マリ子はごく普通の女の子だが、色白でとてもスタイルが良く、大学生の頃はアルバイトでモデルをするほどだった。
言い寄ってくる男性は数知れず。
しかし、マリ子はいつも笑顔で返し、軽い行動はしない女性だった。
少なくとも、回りの人たちにはそう見えた。

マリ子もやがて結婚をし、2人の子供に恵まれた。
しかし、下の子供のアレルギーがひどく、それがきっかけとなって夫婦2人で健康食品の会社を立ち上げた。
アレルギー用に開発した製品が大ヒットし、マリ子のところには大金が転がり込むようになった。
マリ子は誓った。

  初心、忘れるべからず、よね。
  初心を忘れたら、人間は傲慢になっていくだけ。
  そして、いつもつましい生活をして、謙虚でいなくっちゃ。
  人は外見より中身。
  外側をいくらきれいに着飾っても、中身がなくてはすぐに化けの皮がはがれて
  しまうわ。
  それに、贅沢は敵。
  贅沢したら、見えるものも見えなくなってしまうから。
  だから、私は絶対に初心を忘れないわ。

会社の社長は夫だが、実際に利益を伸ばしていたのはマリ子の才覚によるところが大きかった。
夫はマリ子をとても大切にしていたので、2人のことをおしどり夫婦だと言う人もあれば、夫のことをイソギンチャクだなどと陰口を叩く人もいた。
しかし、夫はそんなことは一切気にせず、美人で才能ある妻と結婚したことを喜び、子供を慈しみ、仕事と家庭を楽しんでいた。

数年が過ぎ、2人の子供は大きくなってマリ子の会社に就職した。
子供たちは、マリ子の片腕となり跡を継ぐために、現場の仕事から始まり、開発、経理など、経営に必要な経験を積み上げていった。
マリ子の望み通り、2人の子供は共に片腕となり、会社の中核となった。

忙しく働いている間に、やがてマリ子も還暦になった。
夫が5年前に他界したこともあって、自分は会長となり、会社は子供たちに任せることにした。
それでも、商品開発と販売には意欲的で、一線を退いてからでも何かと口を出した。
60歳をすぎてもマリ子の美貌とスタイルは衰えず、それが健康食品の結果だとして良い宣伝になっていた。
しかし、マリ子は若い頃誓った初心を忘れるとともに、美に対する意識は執着に変わっていった。
また、金銭に対する考えも変わってしまった。
マリ子は、自分の欲望追求の心を自己正当化するようになっていた。

  人間は自分に見合った生活をするのが当然。
  会社を発展させるには政界の人や有名人と付き合うのが一番だし、若さと美貌を保つ
  にも必要なのよ。
  なんだかんだ言っても、外見が成功の大きな要素を締めるんだから、貧相な生活をして
  いては財界人との付き合いはできないわ。
  それに、お金はあればあるほど増えていくもの。
  今では美貌だってお金で買える時代になったし、そのうち不老不死だって夢ではなくなる
  かも。
  みんな元気で長生きしてもらうことが私の夢だから、この仕事はとても大きな社会貢献の
  一つよ。
  だから、もっと頑張らなくっちゃ。

そう言っていたマリ子だったが、まもなく心不全で他界した。

気がつくと、自分の葬儀の真っ最中。
葬儀ではマリ子の一生をスライドにして映し出し、ナレーターがコメントを読み上げていた。

  マリ子さんの一生は健康食品一筋でした。
  お子さんのアレルギーがきっかけとなって良質の健康食品を開発し、ご自身の若さと
  美しさが食品の良さを証明してきました。
  15年前には銀座と六本木に店を構え、東京近郊には自社工場も作り、日本各地には
  多くのチェーン店ができ、忙しい一生を過ごされました。
  政財界を初め、いろいろな分野の著名人の方々と交流を深めてきたことは皆さんも
  ご存知の通りです。
  本日は、そうした方々も多数出席してくださり、当人もさぞや嬉しく思っていることで
  しょう。

マリ子は一つ一つを納得しながら聞いていたが、ふとお棺の中を覗いてみたくなった。
中にはきれいに化粧されて横たわっている自分がいた。
それが自分だとは分かっているものの、なぜか死んだという自覚はなかった。
まわりを見渡すと、確かに今まで付き合ってきた有名な財界人や芸能人がたくさんいた。
「惜しい人を亡くしました」と言ってハンカチを目にあてている有名人たちを、テレビ局のカメラ数台が追っていた。
マリ子はその様子を見て嬉しくなり、一人一人にお礼の言葉を述べて回ったが、誰もマリ子の声に耳を傾けない。
そればかりか、自分の存在にさえ気がついていない様子に戸惑った。
会社の成功に一番力を尽くしてきた自分がなぜ無視されるのか、それもみんなに聞き回ったが、誰も答えてはくれない。

その時、見覚えのある人が会場の隅にいるのに気がついた。
歳をとってはいたが、その人が誰かはすぐに分かった。
しかし、マリ子はその人に声をかけられなかった。
その人はマリ子が独身の頃に付き合った唯一の人だったが、価値観の違いで交際は長くは続かなかった。
別れた原因は価値観の違いだけでなく、マリ子がその人の子供を妊娠したことにあった。
彼は結婚してその子を生んで育てようと提案してくれたが、マリ子は自分がふしだらな人間だと思われるのがイヤで、自ら望んで中絶したのである。
それが原因で、別れることになったのである。
忘れていたことが一気に思い出された。

気を取り直して別のところに目を向けてみると、嬉しい顔がそこにあった。
その人は結婚してから付き合った人、いわゆる不倫相手で、美容整形外科医をしている人だった。
その美容整形外科医には妻子がいたが、お互いの生活を壊そうとまでは思っていなかった。
互いにビジネスパートナーと言って回りを憚(はばか)らない間柄だった。

当然のことだが、美容整形外科医の妻は2人の仲を不審に思い、興信所を通して調べた。
不倫関係であることはもちろん、マリ子がこの美容整形外科医との間でも妊娠し、中絶していたことまでわかってしまったのである。
マリ子は、夫以外の人の子供を2度中絶中絶していたことになる。
その妻は2人に不倫の証拠を突きつけ、多額の慰謝料を請求した。
マリ子は要求されるままに支払い、美容整形外科医もまた多額の慰謝料を支払い、離婚は成立した。

その後、美容整形外科医は再婚せずに、ずっとマリ子の美貌の世話をしてきたのである。
歳をとっても変わらぬマリ子の美貌とスタイルを維持できていたのは健康食品だけでなく、この美容整形外科医によって作られた方が大きかった。

その時、亡き夫の友人の声が聞こえてきた。

  ヤツは先に逝ってしまったけど、愛人との間にできた子供のことが奥さんにバレなくて
  よかったよ。
  もしバレてたら、どうなっていたことやら。

すぐには信じられない言葉だったが、確かに聞こえた。
生きていた時は夫を信じきっていた。
というより、夫の行動には関心がなかったので気が付かなかったというのが本当のところである。
マリ子は自分のことは棚に上げ、夫の不倫を知って憤りを感じ、愕然とした。

次に見えてきたのは、2人の子供の様子だった。
2人とも、母を亡くして意気消沈しているようだったが、頭の中は遺産のことでいっぱいだった。
子供たちはそれぞれに家庭を持っていたが、会社の立ち上げのきっかけになったアレルギー体質の長男は愛人を囲い、子供まで生まれていた。
弟の方は管理職という立場を悪用して、かなりの金額を使い込んでいたことがわかった。

いろいろなことが次から次へとわかり、マリ子は平常心ではいられなくなり、泣き崩れた。
しかし、幾ら泣いても騒いでも、誰も気にも留めないし、慰めてもくれない。
それが更にマリ子を奈落の底へと突き落とした。

葬儀も終わり、遺体は火葬場へと運ばれた。
家族は別室に移動し、自分の身体は小さな部屋へ運ばれた。
と思うと突然、四方から勢いよく火が噴出した。
目の前で自分が焼けていく。
あんなに自慢だった白い肌も、手も足も真っ黒になり、崩れ落ち、骨が見え始めた。
マリ子はその様子を見て失神した。

気がつくと、家族が並び、箸で骨を拾っている。

  誰の骨だろう・・・
  あっ、も、もしかしたら、わ た し ・・・ ?

マリ子は再び気を失った。

どれぐらい経っただろう、気がつくとマリ子は自宅に戻って寝ていた。
リビングから何やら大きな声が聞こえてくる。
誰だろうと思って見に行くと、2人の子供が言い争いをしていた。

この家は敷地が500坪あり、家の敷地は200坪あった。
購入当時、土地と建物で10億はくだらない大豪邸で、寝室が3つ、客が来たらいつでも泊れるようにした客室が2つ、10畳ほどのキッチンと、10畳ほどの家族用のダイニング、来客用に30畳ほどのダイニングもあった。
リビングには毛足の長いじゅうたんが敷き詰められ、映画のようなスクリーンと音響が揃っていた。
他には、書斎、会議室など、ありとあらゆる部屋があった。
マリ子にとってはお気に入りの家だった。
その家を巡って2人の子供が争っているのだった。
家と土地を売って現金化し、半分ずつ分けようという話をしていたが、どうもうまく話が運んでいないようだった。

財産争いは調停から裁判にまで発展し、泥沼になった。
当然のごとく、あれほど大きくなっていた会社は右下がりになりつつあった。
マリ子は、自分が寝る間も惜しんで作り上げてきた会社の状態が良くないのを知って、悲しくなった。

家も豪邸過ぎてなかなか買い手が付かず、空き家になっていた。
マリ子は愛おしむように、家の中を徘徊した。
霊感の強い人が、徘徊しているマリ子を見たと言ったことから、この家が心霊スポットと称されて有名になったこともある。

それから10年経ち、20年経ち、会社は倒産した。
その間、年に数回だが家族が自分を思い出し、仏壇に向かって話しかけてくれるのは嬉しかった。
自分は子供の右上の方にいて、見下ろしながら聞いていたが、どれもこれもお願いばかりで、歳を追うごとに嫌気がさすようになっていた。
子供たちの欲が混じった線香の煙には子供たちの欲が混じり、自分をがんじがらめにして苦しめた。

  ・お母さん、どうかみんなを見守ってください。
  ・あなたが残してくれた会社が倒産しました。 お願いです、助けてください。
  ・病気が早く治りますように。
  ・生活が苦しいので、お金が回るようにしてください。
  ・子供が大学に受かるように、助けてやってください。
  ・どんどんと体調が悪くなってきているので、健康にしてください。

私は神ではないからそんな願いごとなんて聞けるわけがない。
どうして私に、できもしない願い事をするんだろう。
ああ、イヤだ、イヤだ。

そんな時、なにやら心地良い声が聞こえてきた。
その声の方に行ってみると、大きく成長した孫がいた。

  ここは、次男の家なのね。
  そして、この子はあの小さかった正人?
  そう、正人よ。
  間違いないわ。
  それにしても、この心地良さは何かしら・・・

孫の正人はお祈りしていた。

  おばあちゃん、大好きだったおばあちゃん。
  今どこで何をしてますか。
  あなたはもう死んだんです。
  自分の回りをゆったりと見回してみて。
  ほら、光が見えるでしょ。
  あなたをずっと守護してきた方です。
  その方の存在に気がついてください。
  その方が分かったら、その方に従ってください。
  どうか死んだことに気が付いてください。

今まで何度も聞いてきた言葉だったが、以前聞いた時には何を言っているのか理解できないでいた。
でも、今は分かるような気がする。
自分は死んでいたんだ、ということがやっとわかり始めたのである。

正人の言うとおりに回りを見回してみたが、何もない。
もう一度ゆっくり見回してみると、小さいけれど確かに光が見えた。
その光をもっと良く見ようとしたら、光はだんだんと大きくなった。

  やっと気づいてくれましたね。
  あなたが気が付くのをずっと待っていました。
  さあ、行きましょう。

そう言って守護霊がマリ子の手をとった瞬間、マリ子は今まで味わったことがないほどの安心感に包まれ、やっと地上を去ることができた。

その後、他界した誰もが体験するように、自分が地上で生きていた時の映像が映し出された。
どれもこれも、間違いだらけの人生だったことにやっと気がつかされた。

反省を交えながら見終わった時、自分の両側に悲しい顔をした子供が2人いるのに気がついた。
その子供たちがマリ子に話しかけた。

 お母さん、私は生まれたかったのよ。
 生まれて地上で成長したかった。
 せっかくのチャンスをどうして奪ってしまったの?
 どうして私たちを殺したの?

マリ子は茫然自失となった。
足がガクガクと震え、自分でも顔面蒼白になっていることがわかった。

 あ、あの時中絶した子達!?
 私だけが悪いんじゃないわ。
 あれは仕方がなかったのよ!!

マリ子は子供たちに謝るどころか、言い訳を繰り返していた。
言いながら、マリ子は死んで更に苦しい状況に追い込まれることが分かったが、言い訳以外の言葉が思いつかない。
霊界は地上と違い、真実が明らかになる世界である。
言い訳が許されない世界である。

マリ子は大きな罪を犯してしまった。
人としての心を失い、地上では合法化されているとはいっても、2つの命を奪ったことには違いない。
摂理とはまったく逆の、欲望を追求するだけの人生にしてしまった。
そして、その欲望を正当化してきた。
積み重なった多くの罪はカルマとなって加算されたあげく、本人の承諾なく、強制的に地上に再生させれらることになった。
これらのカルマを清算するための地上人生は、かなり辛いものになるだろう。




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