スピリチュアル・カウンセラー 天枝の日誌 (8) 「やっと始まる」
天枝がチラシを配り始めてから、あと1週間で3か月が経つ。
チラシ配りは、最初は週に1日から2日ほど出かけていたが、3か月目になるとピンポンを押すのにも慣れてきて、週に3日ほど出かけるようになっていた。
しかし、それも大した結果がでないままに、自分で決めた期限が来ようとしていた。
「まだまだ時機じゃないのかもしれないなあ・・・」
「待てば海路の日和あり、よ。
そのうち何らかの動きがあるんじゃないかな。
それまでじっくり待とうよ。」
「そうね、そうするしかないよね」
ランチタイムが終わってお客が一斉に引けたので、2人はそんなことを話しながら、奥で遅めの昼ご飯を食べた。
それからソファにゆったりと座り、いつも通りシルバーバーチを読んでいると、以前来たことがある初老の男性が入ってきた。(4で出てきた人)
「お久しぶりです。
今日はお聞きしたいことがあって来ました」
初老の男性はこの時初めて「私は松本と言います」と名乗った。
松本さんが言うには、シルバーバーチを読み始めた頃は、その内容に深く感銘を受けたのだが、最近は感覚的に理解できないことが増えてきたのだという。
スピリチュアリズムにとって一番の根幹である「自分は肉体を持った霊である」ということが、理屈では理解できるのだが、どうしても実感できないと言うのだ。
自分は自分一人だけの存在だと思っているのだが、大我と小我があることも全く実感できない。
まだ他にも、理屈では理解できたつもりだが、実感できないことがたくさんあるとのことだった。
天枝は言った。
「理屈で理解するお手伝いなら、ある程度はできるかと思います。
でも、実感となると・・・人それぞれですからねえ・・・
私が実感していることをお話すれば、松本さんも思い当たる節が
出てくるとは思いますが、ただ、私の方が人生経験が浅いので、
それが松本さんにマッチするかどうか・・・
松本さんは私よりもはるかに多くの人生経験をお持ちですから、
霊的真理にピントを合わせて、自分が体験してきたことを深く
深く探って行ってみてください。
そうすれば、だんだんと見えてくるかと思います。」
「わかりました。
自分の経験を探って行くんですね。
やってみます。」
そう言って、松本さんは帰って行った。
翌日、別の中年男性が現れた。
その男性は天枝の顔を見るなり、
「俺のこと覚えてる?」
天枝は、あっ! と思った。
アパートでチラシを配っていた時、眠そうに出て来て、シルバーバーチの言葉を理想論だと言った人だ。
「あの時は夜勤明けだったので、失礼なことを言ったと思う。
あれから、あなたが置いて行った言葉がことあるごとに脳裏に
出て来て離れないんだ。
冷静になって読み直してみたら、確かにその通りなんだよな。
それで、もういちどあなたと話がしてみたくて来たんです。」
天枝は驚いたが、うれしくもあった。
彼は、天枝が置いて行ったチラシを本のしおり代わりに使っていた。
ただ、その本は小説の文庫本だったが。
とりあえず、天枝は男性をソファーに座らせ、お茶を注文してもらった。
彼が注文したのは、フルーツ・パフェ。
そこにアイスクリームをたくさん乗せてほしいという特注だったので、天枝はその意外性に笑いが込み上げて来た。
それを見て、
「あ、笑いましたね。
私はお酒が飲めなくて、しかもかなりの甘党なんですよ。
見かけと全然違うとよく言われます。」
そう言って笑った。
男性の名前は「塩谷」と書いて「しおや」と読むと言った。
塩谷さんは大学時代に、友人のJに誘われて神道系の宗教団体に属していたことがあったという。
Jはその宗教にどんどんのめり込み、大学を中退し、その団体で家族のように一緒に暮らすほどになった。
その時に、貯金から家財道具一切をその団体に寄付したことで、自動的に階級が付いたと言ってJは喜んでいた。
塩谷さんも団体生活に入るように誘われたが、友人の上気した様子を見て恐くなり、学習もそこそこに退会したということだった。
まだ日も浅かったし、階級を取ってなかったので、退会はすぐに了承された。
その後、Jの両親が、息子と連絡が取れなくなったと言って、心配して訪ねてきた。
ありのままを伝えたらJの両親は驚き、すぐに宗教にかけあったという。
ところが、本人に会わせてもらえないどころか、話すらまともに聞いてもらえないと言って嘆いていた。
それから2年ほどして、そのJから電話がかかって来た。
「助けてくれないか。
ここを出たいんだ。
夜中の2時に裏門のところで待っている。
頼むから来てくれ。」
詳しいことは後で聞くことにして、とりあえず他の友人と共に車を用意して、Jが指定したところに車を止めて、待った。
深夜2時にと言われたが、1時ごろから様子を見ていた。
1時頃はまだポツポツと明かりがついていたが、1時半ごろになるとその明かりも消え、門燈だけになった。
2時を少し過ぎた頃、Jが辺りを伺いながらそっと出て来た。
着の身着のままで、何も持っていない。
塩谷さんはすぐにJを車に乗せ、出発した。
しばらく走ったところで車を止めて、あらためてJの顔を見ると、逞しくなってはいたが、ストレスでひきつった顔がそこにあった。
それから自分のアパートに連れて帰ったが、その夜は気が気ではなかったという。
今思い出しても、まるでサスペンス・ドラマのようでドキドキしたと言って笑った。
Jの話によると、いつでも真理を学習できる環境にいられることは嬉しかったが、断食、滝行、寒中水泳、真夏のマラソン、登山などを、訓練と称して強制的にさせられたという。
上の人の命令には絶対服従で、たとえ風邪で熱があっても、真冬に海の中に入れと言われたら入らなければいけなかったし、脱水症状で倒れる直前まで真夏のマラソンも走らされた。
そこの宗教では、精神を鍛えために行っていると言っているが、何度やっても肉体を苛めているとしか思えなくて、逆に精神が蝕まれていっているように感じたという。
上の人の命令に従わないのは不信仰の表れだと何度も言われていたので、仕方なく従っていたが、早くここから抜け出さないと自分は死んでしまう、と思ったそうだ。
しかし、脱会したいと言い出せば、隔離される。
隔離されて、もう一度頑張ると言うまで、隔離室から出してもらえない。
自分も一度は隔離室の番をしたことがあったので、様子はイヤと言うほど分かっている。
だから、脱会を言い出すことができなくて、形だけの信仰を演じながら時機を待ったという。
そして、誰もいない時を見計らい、塩谷さんに電話をしたと言うことだった。
その後、Jは実家に戻ったが、その後は音信不通でどうしているかわからないと言う。
そんなことがあってから、塩谷さんは宗教嫌いになった。
結婚もしたが、生活と性格の不一致で、5年で離婚。
子供はできなかったから、慰謝料が少なくて済んだと言って笑った。
それからは一人で生活をしていたが、同僚とは会話も行動も合わない。
自分の方から同僚に合わせようと努力をしてみたが、さすがに限界がある。
殺伐として、心が渇ききっていたところに天枝が来たと言う。
天枝は、
「よく尋ねて来てくれました。」
「喫茶店だということだったので、宗教団体ではないだろうと
思ったんです。
本当はどこかの宗教なんですか?」
「いいえ、私たち姉妹2人だけです。」
「そう、それなら良かった。
ところで、シルバーバーチって何ですか?」
「3千年前に地上を去った霊が、多くの人の魂が開花して成長できる
ように、地上の霊媒を通して霊的真理を伝えてくれたんです。」
「3千年前かあ、ミイラが話すような感じですかねえ・・・」
「3千年前と言うと、そんなイメージになるのかな(笑)
でも、ミイラではなくて、私たちより遥かに進化して、もう地上に
生まれて成長する必要がないほどのスピリットの一人です。
シルバーバーチのように遥かに進化した多くのスピリットたちが
百年以上も前にイエスを筆頭にして、この地上を大幅に浄化する
目的で霊団を結成したというんです。
そして、シルバーバーチはその一端として、霊的真理を伝えに
来てくれたということです。
私がお渡しした紙に書いてあったのは、その中の一節なんです。」
「ふうーん、その本、俺にでも読めますかねえ。」
「もちろんです。」
天枝は貸し出し用の「シルバーバーチの霊訓」をテーブルの上に置いた。
塩谷さんはしばらく目を通していたが、「これ、お借りできますか?」 と言って、持って帰って行った。
一週間ほどして、塩谷さんが再来店した。
この前来た時は作業員風だったのが、今回は感じがガラッと変わって、清々しさが漂っていた。
「読んでみたけど、分かるところと分からないところがいろいろ
あるんで、困りました。
分かるところだけ読んで行けばいいのかもしれないけど、それは
俺の性分には合わない。
全部理解したい性質なんで。」
その言葉を聞いて、天枝は思い切って切り出してみた。
「週に1回、一緒に読んでみませんか。
そうすれば、理解しにくいところも理解しやすくなるかも
しれません。」
「そうだなあ。
いいよ、来るよ。
で、いつ?」
塩谷さんの都合としては、土曜日か日曜日が良いということだった。
できれば土曜日の朝が一番都合が良い、ということなので、しばらくの間、土曜日の朝10時から始めることにした。
今までもシルバーバーチの内容に関して話ができる人はいたが、読書会として毎週のように話し合うとなると、良い返事をくれる人はいなかった。
ところが、塩谷さんは理解を深めたいから、毎週でも良いと言ってくれた。
話していた時、松本さんの顔が脳裏をよぎったので、その場で電話をしてみると、意外なことに、二つ返事で参加してみたいと言ってくれた。
天枝は、思いがけない展開に心がワクワクした。
今までは、シルバーバーチに興味を持つ人さえほとんどいなかった。
たまにはいたが、自分のミスやら、相手の都合やらいろいろ食い違いが多く、なかなか読書会にまで至らなかった。
それでチラシを配り始めたのだが、自分で3か月と期限を設け、その期限ぎりぎりになって塩谷さんが来てくれたのだ。
そして、松本さんも参加してくれるという。
その時、天枝はシルバーバーチの言葉を思い出していた。
――わたしたちは決して見捨てません。
しかし最初にしかけるのはそちらです。
真理が手引きするところならどこへでも
迷わずついて行く用意があるという意志表示を
してくださらないといけません。
天枝は霊的真理を一人でも多くの人に伝えたい、しかし、ただ伝えるだけでなく、より深く理解できる場を儲けたい、と思いエテルナを開店した。
自分から仕掛けるのはそこまでだと思っていた。
その後、ガイドスピリットが導いてくれて、何かアクションがあるまで待とうと思っていたが、ただ待っているだけでは申し訳ない、という気持ちからチラシ配りを始めた。
それが適切かどうか分からないから、とりあえず自分で3か月と言う期間を定め、誠心誠意を込めて一軒一軒回った。
今思えば、これも「自分から仕掛ける」という意志表示になったのだと思った。
回っている時は、手ごたえはあまりなかったが、もうすぐ予定の3か月が終わろうとする時に読書会が開けるという目鼻が立ったのだ。
これこそがガイドスピリットの導きだと思うと、感動で体も心も震えた。
さて、どんな読書会にしていこう。
最初に予定を組んでも、その通りに行かないことは良くある。
なので、とりあえずはごく普通に「第1巻、第1章」を家で読んで来てもらって、その感想や疑問を話し合うことから始めてみることにした。
さっそく塩谷さんと松本さんに伝えると、2人はとても喜んで、「しっかり読んでから行きます」、と言う返事をくれた。
さあ、来週から読書会が始められる、と喜んでいると、使枝がひと言、
「土曜日の朝のお店はどうするの?
お客さん来るよ。」
「うーん、これから土曜日の朝はお休みにしよう。」
「ラジャー!」
「私たちも、もう一度しっかり読みこなさないといけないわね」
「今までは自分一人で読んでいて、たまにお姉ちゃんと話す程度
だったから、今度からどんな感覚で展開されていくのか楽しみだわ。」
天枝と使枝は思いがけない急展開に心が躍り、しばらく上気した気持ちを抑えられないでいたが、そんな時こそ心を落着けないといけない。
2人は向かい合って座り、それぞれに感謝の祈りを捧げた。
大霊様、イエス様、そして、地球を浄化するためにプロジェクト
チームを組んで奔走されているスピリットの方々に、
心から感謝を申し上げます。
私たちは本当に未熟です。
しかし、少しでもお役に立ちたいという思いから、このお店を
開店いたしました。
こうして深い愛によって導いて頂いたのですから、その思いを
無に帰すことがないように、一身を注いで頑張ってまいります。
順風満帆に進んでは行かないことは承知しております。
波風も立つでしょうし、信じていた人に裏切られることがある
かもしれません。
それでも、自分が信じた道を邁進してまいりますから、どうぞ
更なる導きをお願いいたします。
力が削がれた時は、どうぞ叱咤激励してください。
もし、私たちが横道に逸れるようなことがありましたら、
どんな方法を使ってでも知らしめてください。
私たちは謙虚に受け止めてまいります。
私たちは、あなた方が決して私たちを見捨てないことを良く
知っております。
私たちから見て、置かれた立場がたとえ悪い状況に見えることに
なったとしても、必要な展開であることを信じて進んでまいります。
どうか、私たちをあなた方の手足として、道具として、いかよう
にもお使いください。
そして、常に背後からの応援をお願いいたします。
加えて、今後の読書会を通じて、松本さんと塩谷さんがより深く
霊的真理を理解できますように、心からお祈り申し上げます。(祈)
祈りが終わって窓から外を見た時、最初に目に飛び込んできたのは、長雨で伸び放題になっている雑草の緑色だった。
どこまでも濃い緑で、そこだけがくっきりと浮かび上がっていた。
それを見て、土から直接生えているからこそ生命力が強いんだ、自分たちもしっかり神と繋がって霊的真理に根ざし、善き道具として邁進していかなければいけないと、決意を新たにしたのだった。
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