ぼくのスピリチュアル物語 16 「不思議な偶然」
今から遡ること20年前に、広島市内の「100番目のサル」というカレー屋で手にした自費出版の質素な小冊子からはじまった『ぼくのスピリチュアル物語』であるが、あれ以来、ぼくは何かにつけ、日々の中で『不思議な偶然』というものを発見するようになった。
ぼくのいう「不思議な偶然」というのは、何かを思いついたり行動したりすると、それに関連するようなことがその直後に起きるというものであり、日常の中では「単なる偶然」として片付けられていることである。
日本のことわざにもある「噂をすれば影」というのは、誰もが経験していることだと思うし、電話器をふと見て知り合いのことを思い浮かべたら電話が鳴り、受けたらその人だったとか、日常で起きるそんなことである。
これから先はぼくの仮説である。
すべてとは言わないが、多くの出来事は霊界の動きとの連動で起きており、こちらの世界では出来事が連鎖的に起きる「不思議な偶然」として感じているのではないだろうか。
この連載を始めて、古い資料などを読み返したり、思い出したりしていてふと気づいた「不思議な偶然」もある。
1984年の4月、黒住さんがお亡くなりになり、奥さんの静さんは霊媒Yさんを通じて霊界通信を受けとるようになった。静さんはご主人が霊界から伝えてくる内容を一人で抱えておくのは忍びない、広く知ってほしいと本にまとめた。
そんな折、御巣鷹山に日航機が墜落した。その被害者の一人河口さんが残した遺書と遺族の慶子さんの毅然とした態度のインタビューに何かを感じた静さんは、励ましの手紙を添えて「霊界通信」の本を贈った。
慶子さんはこの事故の前年から「シルバーバーチの霊訓」を熟読するようになり、その内容に支えられ大きな悲しみを乗り越えた。慶子もさんまた、静さんと同じようにその体験を自分だけに留めておくのはもったいないと思ったのだろう、葬儀に参列した人を中心に二千冊以上もの『古代霊は語る〜シルバーバーチの霊訓〜』という本を配った。
その一冊が静さんにも贈られた。それを読んだ静さんはご主人からの霊界通信と酷似していることを知り、魂の死後の存続への確信が深まった。
実は、『古代霊は語る〜シルバーバーチの霊訓〜』(潮文社)が発刊されたのが、黒住さんが亡くなられた翌月、1984年の5月なのである。ぼくが調べたところによると、心霊業界の雑誌などの記事ではシルバーバーチの日本語訳が掲載されたことはあったが、一冊の本としてシルバーバーチが日本の一般書店に並んだのはこの『古代霊は語る』が最初なのである。
訳本の発刊も含めて、これらのひとつひとつの出来事を並べてみると、ぼくにはこれらが全部どこかで意思をもって繋がっているように思えてならないのである。霊界からの導きによりこちらの世界に発現した「不思議な偶然」ではないかと思うのである。
「不思議な偶然」に着目して自分のこれまでを振り返ってみると、これまでの人生の中にそれがたくさんあることと、それが骨格となって人生の大きなうねりが形成されていることがわかる。
もしかすると「不思議な偶然」こそ、霊界からのメッセージであり、人生を歩むときの道標になっているのではないか思う。
ふと、オレンジレンジのあの曲のイントロが頭の中で鳴り始めた。
『ミチシルベ 〜a road home〜』
(作詞/作曲/唄 ORANGE RANGE)
♪目の前に広がる様々な山 肩の力抜いて あの光までもう少しかな
ただ意味もなく続く道 霧の向こうには 未知右・左見て地道に
♪いつのまにか忘れたのか? 大人へと歩む道の中で
いつのまにか忘れたのか? 楽して流れに身をまかす人生
いつのまにか忘れたのか? 大人へと歩む道の中で
光と闇をさまようけど 誰にも胸には道しるべ
(つづく)
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