ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.33 「風子の変貌・・・ D 美しい変貌」
私たちがそろそろ50歳に手が届きそうな頃まで、風子からの連絡は年に数回だけ。
『便りがないのは良い便り』ということなのだろう。
今頃どうしているかな、と思っていたら以心伝心。
久しぶりに会って話したいという連絡をくれたので、昼食でもと思い、ファミレスに誘ってみた。
数年ぶりに会うのだが、今まで見てきた風子の中で、一番きれいに見えた。
綺麗というのは、姿とか顔ではない。
お互いに中年なので、それなりにシワはあるし、体の線も思いっきり崩れている。
でも、彼女は雰囲気が綺麗になっていた。
今までなら髪を日本人らしからぬ色に染めていたのに、この日は染めていなかった。
それどころか、パーマもかけず、肩ぐらいまである白髪交じりの髪を後ろで一つに束ね、藤色の目立たないレースをリボン代わりに使って質素に飾っていた。
洋服は、以前は見るからに高額でセンスの良い服とか靴だったけど、今回はグレイが基調のどこにでも売っていそうなパンツスタイル。
そして、何より薄化粧。
今までの風子からは想像もできない上品な感じだ。
こうして見ると、人の本当の美しさというものは、着飾っているとか、化粧が上手とかいうのではないことが良くわかる。
会ったこの頃は、スーパーの野菜売り場の裏方をしながら細々と暮らしているということだった。
何より驚いたのは、児童福祉施設にいる子供たちと遊ぶボランティアをしていると言ったこと。
風子は子供の頃、両親の愛情を知らずに育った。
祖父は愛してくれたが、その時はその愛情がわからず、反抗ばかりしていた。
祖父への罪滅ぼし、中学の時に死なせてしまった友達への罪滅ぼし、そうした意味も含めて、親に捨てられたり、虐待の後遺症で苦しんでいる子供たちに愛情を注ぐボランティアをしているのだとか。
風子は変わった。
本当に変わった。
以前は、私が話すことなどいい加減にしか聞いてなくて、すぐに自分の話にすり替えていた。
いつも自分中心で、自分のしていることが周りをどれだけ振り回しているか、そんなことはこれっぽっちも考えていなかった。
ところが、この時の風子は、私の話もちゃんと聞いてくれた。
人って、こんなに変われるものなんだろうか。
何が風子をこんなに変えたのだろう。
単刀直入に聞いてみた。
「前とぜんぜん雰囲気が違うんだけど・・・」
「そうかなあ。
老けたかな(笑)
私ね、いろいろ気づかされたことがあったんだ。
今までは、何でもかんでも他人のせいにしてきたことに気が
付いた。
私がもっと冷静に両親のことを受け止めていれば荒れることも
なかったし、美緒も死ぬことはなかった。
何より、お爺ちゃんには申し訳ないことをしたと思ってる。
きっと、私以上にお爺ちゃんは辛かったと思う。
でも、何も言わずに好きなようにさせてくれてたんだから、
感謝しなくっちゃね。
それに、悠美にも迷惑をかけちゃったし。」
「え? 私に迷惑をかけただなんて・・・」
とは言ったものの、思いっきり迷惑をかけられたと思っていたし、その逆に、何もしてあげられなかったことへの自責の念もある。
でも、風子の口から、こんな言葉を聞くとは思ってもみなかったから、驚いた。
かつての結婚生活のことを聞いてみた。
「最初の夫との離婚は、彼のやり方が汚いって思っていたけど、
よく考えてみると、 私の方が彼の優しさに甘えていたのかも
しれない。
優しくしてくれているのに、それが当たり前になってしまっていた
から、逆に不満が多くなっていたのかもしれない。
旅行に連れて行ってくれない、飲みにつれて行ってくれない、
家事を手伝ってくれない、ゴミも出してくれない、欲しいものを
買ってくれない、町内の会合にも出てくれない、私にイヤなこと
を押し付けてる、
なーんて文句ばかり言ってたもん。
それで、あまり文句を言わないあの女の人に安らぎを感じたの
かもしれない。」
「へえー、そういうの初めて聞いた。
風子は今まで、ご主人の愚痴は言っても、自分のことはこれっぽっ
ちも言わなかったから、わからなかった。
2番目のご主人はどうだったの?
結構仲良くやってると思ってたのに、離婚しちゃったから、驚い
たんだよ。
やっぱり、借金が原因?」
「2番目の夫と別れたのも、今になってみるとなんとなく分かるんだ。
私はブランド物が欲しくてね。
それを余裕で買える給料じゃなかったけど、ボーナスは良かった
から、その時に服とかバッグを買ってもらってた。
だけどね、やくざのところに行った時に借金した日付を見たら、
どの日もボーナスの少し前だったことに気が付いたんだ。
ということは、ボーナスが多いと見せかけるために借金したのかも
しれないって。
私のことを大切にする余り、してしまったことだったのかもしれ
ない。
それなのに、理由も聞かずに、私の方から一方的に離婚をしてし
まった。
今頃気がついても遅いよね。
全部、私が原因だった。」
「私はブランド物なんて興味がないけど、風子は欲しかったんだね。」
「馬鹿だよね。
ブランド物なんて、見栄で持っていたかっただけ。
欲しい物を買ってくれること、やって欲しいことをやってくれる
のが愛情の証しだと思ってた。
今になってみると、無意識のうちに、どれだけ自分の言うことを
聞いてくれるかどうかで愛情を計っていたのかもしれない。
それなのに、浮気したアイツが悪い、借金を作ったアイツが悪い、
その所為で私が不幸になってる、と思ってたんだからね。
でも、自分の不幸は自分で招いたことだったんだよ。」
「ふうーん、自分の不幸は自分が招いた・・・かあ
じゃあ、風子は何が一番欲しかったの?」
「欲しくて欲しくてたまらなかったものは、本当は洋服とか靴とか
じゃなくて、自分はこんなにも愛されています、っていう実感だっ
たのかもしれない。
愛されているのに気が付かなくて、文句ばかり言ってたんだ。
私って、大馬鹿だよね。」
風子が話すことを聞いていて、自分にも思い当たる節があるのに気が付いた。
私も、夫とか子供に対して、自分の意見が通らなかったりすると、口には出さないまでも不満がつのり、ストレス発散だと言ってあちこちに出かけていたから。
風子の話は続いた。
「私、ガンだったでしょ。
実はね、病院で治療の清算をするために待合室で座っていたら、
椅子の下に封筒が落ちてたんだ。
何も書いてないから、中を見たら便箋が入っていて、そこにはいろ
いろ書いてあった。
その中身を読んだら、なぜか泣けてきちゃって・・・
本当なら、持ち主に返すべきなんだけど、持ち主の名前も何も書い
てないから、落し物として届けなかったの。
で、家に持って帰ってしまったんだ。
その時の便箋がこれよ。」
そう言って、数枚の便箋を広げて見せてくれた。
内容を読んでみると、なかなか良いことが書いてあるとは思ったけれど、私にはどうもピンと来ないし、正直なところ、泣くほどの内容なのかなと思った。
ところが、風子はその便箋を改めて読んで、
「私ね、この言葉にずっと励まされてきた。
見ず知らずの人が忘れて行ったものだけど、これが私を救ってくれ
たんだよ。
私に生き方まで教えてくれた。
神様が私に読ませるために、落とさせたのかもしれない。」
そう言って、恥ずかしそうに微笑んだ。
私は驚いた。
これがあの風子なんだろうか。
不良で、ヤンキーで、やくざにも負けなくて、離婚を2度も繰り返して、水商売に入って、生活保護まで受けて。
たぶんだけど、生活のために体も売っていたと思う。
いつも自分勝手で、不幸の押し売りをして、周りの人の生活を引っ掻き回して生きて来た風子。
私の中ではそんなイメージしかない。
続けて彼女は言った。
「この便箋を拾ってから、なんだか自分がどんどん変わって行った。
そうしたら、ガンも治っちゃった。
自分が変わると、病気まで変わるみたい。
今の私はすごく幸せだよ。
悠美は見かけは幸せだけど、中身は不幸ね。
だって、まだ魂が開花されていないんだから。」
えっ? 私が不幸? 魂が開花? 何を言ってるの?
私は今の自分をとても幸せだと思っている。
経済的には全然問題がないし、優しい夫がいて、子供にも恵まれている。
夫と私の両親も健在だし、何の不満もない。
私は、自分で自分のことを幸せすぎて恐いぐらいだと思っている。
これが見せかけの幸せだって言うの?
それに、私の魂が開花していないから不幸だというのはどういうこと?
じゃあ何が本当の幸せなのかと聞いたら、魂が開花すればわかると言った。
そんなのわかんないよ。
答えになってないじゃない。
それより、私は風子のガンが治ったのは、暴飲暴食をやめたからだと思っていたけど、風子は自分が変わったからだと言っている。
本当にそうなんだろうか。
それから、風子は自分がボランティアをしている所に私を連れて行った。
彼女は、幼かった頃の自分と、この子供たちとを重ねて見ているのかもしれない。
この子供たちは風子自身。
自分が愛されなかった分、今の自分が過去の自分を愛しているのかもしれない。
そんなふうに感じた。
風子がしているのは、時間があれば施設に行って遊んであげるだけのボランティアだ。
抱っこして本を読んであげたり、施設で出されるおやつを一緒に食べたり、鬼ごっこをしたり、ただそれだけのボランティア。
ここで何を見出したと言うんだろう。
あの便箋に書かれていることの何が風子を変えたのか、私にはよくわからない。
でも、彼女の言動が一番それを物語っているようにも思う。
かつては、愚痴ばかり聞かされて辟易とした時もあった。
勝手に連絡を取ってきて、勝手に音信不通になる。
でも、いま彼女の口から出てくるのは、子供たちのことばかり。
それも、子供を慈しむ母親の愛情あふれる話なのだ。
施設を卒業した子たちを自宅に呼んで、夜通し話すこともあるらしい。
以前は子供だった子たちが、だんだん大人になっていく。
その過程で心が不安定になる時こそ、力になってあげたいと言う。
中には、訪ねてきた子にお金を貸してあげて、返ってこないこともあるし、警察に捕まったと連絡が入って引き受けに行ったこともあるとか。
それでも、嬉しいと言う。
「人間ってさ、誰か1人でも本当に自分を大切にして、愛してくれる
人がいたら、どんなに辛いことがあっても乗り越えられるし、素直
に生きて行けると思うんだ。
だから、ここの子たちを大切にしてあげたいんだよ。」
何だか、風子が別世界の人のように見えてきた。
風子には子供はいないけど、少なくとも、実際に子供がいる私なんかより、遥かに子供たちに愛情を注いているように見える。
「私はね、今まで、自分のことを真剣に考えてくれる人なんていない
と思ってた。
でも、いたんだよ。
たくさん いたんだよ。
あの便箋を読んで、やっと気が付いたんだ。
だから、今は子供たちにいつも言ってるんだ。
大好きだよ、いつも心は繋がってるから、大丈夫だよ、
私はあんたたちを絶対に見捨てないからね、って」
風子は目をキラキラさせて語った。
そして、帰り際に便箋を差し出して、言った。
「あのね、悠美。
この便箋ね、私の宝物だから、悠美にあげる。
今は必要ないかもしれないけど、いつか必ず役に立つ日が来ると
思う。
私はこの言葉が書かれている本を持ってるから、もうなくても
大丈夫。」
私にはこの便箋は必要ないと思ったし、特に欲しいものでもなかったけれど、せっかくだから貰うことにした。
風子が言うように、本当に、この便箋に書かれていることが必要になる日が来るのだろうか。
☆ ☆ ☆
それからどんどん月日が流れ、還暦も過ぎ、私には孫も生まれた。
時間的にも経済的にも余裕ができたので、今までしたくてもできなかった習い事をたくさんするようになった。
でも、なぜか、ぜんぜん充実していない。
自分の生活にも人生にも満足していたはずなのに、最近は空しささえ感じる。
なぜだろう・・・
そんなことを頭の片隅で感じながら、いつものように掃除をしていた時、あの便箋のことをふと思い出した。
押入れの奥にしまいこんだままになっていたのを引っ張り出して、中を見てみると、
「・・・・・」
あの時はピンと来なかったことなのに、今は便せんに書かれていることが心にジワジワと沁みこんでくる。
空しさで一杯だった心の中が一気に潤ったように感じた。
そして、今まで自分で自分に封をしてきた部分が、やっと許されたように思えた。
便箋には次のようなことが書かれていた。
☆。,:*:・,:*:・☆。☆。,:*:・,:*:・☆。☆。,:*:・,:*:・☆。
過去はもう過ぎ去ったのです。これまでに犯した間違いはお忘れになることです。
皆さんは間違いを犯し、それから学ぶために地上へやって来たようなものです。
過ぎ去ったことは忘れることです。
大切なのは今現在です。
今、人のためになることをするのです。
どんな形でもよろしい。
自分の置かれた物的環境条件から考えて、無理のない範囲のことを行えばよろしい。
道を見失った人々があなた方を見て、光明への道はきっとあるのだと感じ取ってくれるような、そういう生き方をなさってください。
それも人のために役立つということです。
自分の役目を果たすのです。
自分なりの最善を尽くすのです。
縁あって近づく人の力になってあげることです。
親切に、寛容に、そして慈悲の心をもって接するのです。
機会さえあれば、どこででも人のために役立つことを心掛けることです。
それが世の中に貢献するゆえんとなります。
今日まで、あなたを導いてきた力を確信することです。
そうすれば、その力の方からあなたを見捨てることはありません。
あなたは大変な愛によって包まれております。
その愛の力は絶対にあなたを見捨てません。
あなたに託されている責務を忠実に果たしているかぎり、その愛の力から
見放されることはありません。
困難に直面した時、その神の遺産を結集し、必ず道は開けるのだという自信をもつことです。
不動の信念をもてば道は必ず開かれます。
シルバーバーチの霊訓より
☆。,:*:・,:*:・☆。☆。,:*:・,:*:・☆。☆。,:*:・,:*:・☆。
便箋に書かれていた言葉を何度も何度も読み返した。
自分の心が震えているのがわかる。
電流が流れているんじゃないかと錯覚するほど、体中がビリビリしている。
そして、涙があふれ出した。
この思いが消えないうちにと思い、私は化粧も直さず、涙でくしゃくしゃな顔のままで風子のアパートに飛んで行った。
風子の顔を見るなり、
「風子、私、わたしね、読んだよ!
あの便箋、読んだんだよ。
すごいよ、本当にすごいよ!」
私が連絡もせずに訪問したので少し驚いている様子だったが、それでも何かを察知したらしく、嬉しそうに中に招き入れてくれた。
私は台所の椅子に座るやいなや、いつになく早口で、便箋に書かれていた言葉の感想を言っていた。
こんなに心が充実したのは、もしかしたら初めてかもしれない。
風子の前でこんなに話すもの初めてかもしれない。
「こんなに素晴らしいことなのに、前に読んだ時は、なぜピンと来な
かったのだろう。
でも、これからは、風子と感動を分かち合える、語り合える。
何だか、自分の体も心も自分じゃないみたいなんだ」
すると、風子が涙をためて、そして、私の手を取って言った。
悠美、やっとこの日が来たんだね。
私、すごく、嬉しい・・・
今日の悠美は、キラキラ輝いていて、とっても美しいよ。
今までのどんなに着飾った時より、どんなに着飾った人より、
ずっと・・・
ずーっときれいだよ・・・悠美
― end ―
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