ちょっとスピリチュアルな短編小説 Vol.33 「風子の変貌・・・ B 騒動」


中学1年生までの風子の記憶はあるが、それ以降は転校したことで風の便りさえなかったから、彼女がその後どんな生活をしていたか、私はまるっきり知らなかった。

再会した時、風子はその後のことを順序立てて、事細かく話してくれた。

      ☆     ☆     ☆

転校した先の学校では、校長を始め、職員室では、誰もが奇異な目で風子を見たという。
あれは思い過ごしなんかじゃなく、確かにそう感じた、と言った。
すでに、前の学校でのことが広まっていたのだろう。

自業自得とはいえ、今度はまじめに取り組もうと思って転校したのに、話も何も聞かずに冷たい態度を取られると、またしても反抗的な気持ちが湧いてしまったようだ。

担任に教室に連れて行かれたが、ここでも同じだった。
誰も話しかけてこないし、風子の方から話しかけても適当にあしらわれた。
こうした雰囲気は慣れていたはずなのに、新しい学校では話す人すらいないし、逃げ道もまだない。
結局、学校を休むことが多くなり、休むことで、更に悪評が広まったという。

学校を休んで街中をふらふら歩いていた時に、たまたま出会った暴走族の族長と仲良くなった。
それが縁で、暴走族に入り、学校には全く行かなくなってしまった。

普通なら、担任が家庭訪問をして様子を見に来るはずだが、風子の場合は違った。
学校側も、前の学校でのことを聞いていたから、ここでも『さわらぬ神に祟りなし』になっていたようだ。
幸いなことに、やくざとの縁はなかったから、麻薬や覚せい剤に染まることはなかったという。

そんなふうに素行が悪くても、なぜか卒業証書だけはもらえた、と言って笑った。

中学を卒業すれば、つぎは高校。
祖父から定時制に行けと言われたが、当時はベビーブームと言うこともあって、定時制とはいえ、ほとんど勉強らしい勉強をして来なかった風子にとって、高校に入るのは至難の業。
それで、思い切って働くことにしたと言う。
ところが、中卒が働く職種には限りがあって、きれいな仕事はほとんどない。

最初に行ったのは、養鶏場だった
毎日、何万羽もの鶏に餌と水をやり、何棟もある鶏小屋の掃除、朝一番に卵を集める、といった仕事だったという。
しかし、鶏アレルギーだったらしく、一生懸命頑張ったけれど、3か月で辞めざるを得なくなった。

次に見つけたのは紡績の仕事。
今でこそ紡績工場は少なくなったが、当時はまだたくさんあった。
しかし、そこでは先輩の女工がたくさんいて、嫌がらせが続いたという。
大人の女の嫌がらせは、陰湿だ。

陰で悪口を言われるのは日常茶飯事だが、作業服をトイレ掃除用のバケツの中に捨てられたり、仕事をしている風子の背中に向けて、わざとよろけて思いっきり倒れ掛かってミスをさせようとしたり、束ねて置いてある巻糸の箱を倒されたりしたこともあったとか。

そういう時に、決まって言う言葉が、「あ、ごめん。 わざとじゃないからね」。

でも、そんな時は他の人が優しい言葉をかけてきたりしてくれたので、最初はうれしかったが、あとで、苛めたことへの反応を見るためだったとわかり、腹の中が煮えくり返ったと言っていた。

今までの風子だったら、苛めに対しては倍返ししたところだが、社会に出たという自覚から我慢するように努力したのだろう。
中には優しい人もいたらしいが、風子はだんだんと人間嫌いになっていったという。
結局、ここの人間関係に馴染めず、辞めることにした。

祖父と暮らしていたので生活をしていくには困らなかったので、しばらくの間ブラブラしていたが、名目上の両親からは嫌味を言われることがたびたびあったという。

  「中卒で、おまけに不良だったお前に、まともな仕事ができる
   わけがない。
   アルバイトして学費を稼いで、夜間にでも行けばよかったんだ。
   そうすれば、もう少しはまともな仕事につけたのに。
   とりあえずは、働き口を探せ」

そう言われるのも無理はないと思ったが、長年の習慣で、父親に対しては口答え一つできない自分が腹立たしくもあった。

職安(今のハローワーク)で仕事探し。
そこで、ビルの掃除婦を紹介されたので、とりあえず行ってみた。

ここの従業員はかなり年上の人ばかりだったので、苛められることはなく、初日から結構かわいがってくれた。
お昼は一緒にワイワイ食べるし、休憩時間にはジュースを買ってくれたり、休みの日には自宅に招いてくれて、その人の子供や孫たちを紹介してくれたこともあったらしい。
もし自分の母親が生きていたら、この人たちのように自分をかばってくれたり、優しく話してくれたかもしれない・・・と思ったと言う。

お昼ご飯を食べ、みんなの分もまとめて雑貨屋にジュースを買いに行ったことがある。
皆から預かった小銭を数えていたら、十円玉が下に落ちて、コロコロと転がって行った。
あわてて追いかけたら、若い男の人が拾ってくれて、にっこり笑って手渡してくれた。
それが縁で、その人と時々話すようになった。

その人は、たまたまビルのメンテナンスのために足場を組みに来ていた人で、若い者同士、自然と惹かれ合った。
この人は、とにかく他愛のない話でもよく聞いてくれたし、一緒に居るだけで心がほぐれていくのを感じたという。

本当なら高校に通っている歳だが、結婚することにした。
妊娠もした。
ところが流産をしてしまい、更には後の処置が良くなかったらしく、もう妊娠は望めないと言われた。

夫が、「子どもなんかできなくたって、風子がいてくれるだけでいい」と言ってくれたので、この人と一生一緒に生きて行こう、そう思うと、新たに熱い思いが込み上げてきたという。
流産はつらかったが、その代わりに掛け替えのない伴侶を得た喜びでいっぱいになった。

それから、共働きで頑張った。
ある程度お金も貯まり、ローンではあるが小さな家を手に入れた。
私が風子と再会したのは、ちょうどこの頃だ。

この時の風子は明るく見えた。
私自身は結婚なんてずっと先の話だと思っていたし、仕事の方が面白くて彼氏はまだいなかった。
だから、先に結婚して奥様になっていた風子がまぶしく見えたのかもしれない。

この再会をきっかけにして、私は時々風子の家に遊びに行くようになった。

ところが、それから半年ほどした時、風子に異変を感じた。
ほとんど毎日のように喧嘩をしているという。
原因は夫の浮気。
浮気だけならまだしも、相手の女を家にまで連れて来たという。
それも1回だけでなく、何回もだから、彼女にとってはたまったものじゃない。
当然だが、修羅場になることも度々あったという。

この頃、私は仕事が面白くて仕方がなく、風子のゴタゴタに巻き込まれたくない、というのが正直な気持ちだった。
当然の成り行きだが、風子の家へはだんだん行かなくなった。

電話にしても、彼女から掛かってくれば話すが、自分からはほとんど掛けなくなっていた。
それに、話の内容はご主人との諍いのことばかり。
正直、うんざりした。

ある日の夜、珍しく早く寝ようと思ってベッドに入ると、電話が鳴った。
受話器を取ると、慌てた様子の風子の声。

  「ねえ、今すぐ来て!
   来てくれないと、私、どうかなっちゃうよ!!!」

いつもと違って、話し方も声も、明らかに動揺していた。
私の家から風子の家まで車で30分ほどかかる。
何があったかわからないけど、とにかく急いで服を着替えて、車を飛ばした。
車を運転しながら、風子が冗談まじりで話したことを思い出していた。

以前、ご主人が、独身の同僚を家に連れて来て何日も泊まらせ、食事の世話から洗濯まで全てを風子にやらせていたことがある。
それなのに、その同僚と風子が浮気をしたと言っては暴言を吐くようになり、時には殴ることもあると言っていた。
もちろん、殴り返していたらしいが。
浮気相手を家に連れてきたのも、風子が同僚と浮気をしたことへの仕返しだとも言ったらしい。

家に着いてチャイムを鳴らそうとすると、中から泣き叫ぶ風子の声が聞こえた。
私はどうしていいか分からず、でも引き返すこともできない。
このドアの向こうで何が起こっているのだろう。
恐る恐るドアを開けて中に入ってみると、そこには包丁を持って仁王立ちになり、喚き散らしている風子が立っていた。

風子は私の顔を見るなりその場にしゃがみ込み、夫が離婚を言い出したと泣きながら言った。
夫は夫で私に言った。

  「コイツとはもうやっていけない。
   ヤンキー上がりだから言葉は汚いし、おまけに中卒だからろくに
   勉強もできないだろ。
   気に入らないことがあるとすぐに暴れるし、泣きわめくんだ。
   俺だって中卒だけど、こいつよりはマシだよ。
   俺は子供が欲しいんだ。
   こいつはもう子供を産めないから、一緒に居る意味がない。
   それに、こいつは自分が妊娠しないことをいいことに、俺の同僚と
   浮気をしていたんだぜ。
   そんなの許せるか?
   これ以上、無理ってえもんだろ。
   そうは思わないか?」

  「私が浮気をしただって?
   冗談じゃあない!
   そんなこと、これっぽっちもしてないよ。
   あんたが勝手に連れて来た人じゃないか。
   あんたが私に面倒を見させて、あわよくば私が浮気でもすれば
   離婚できて、あの女と再婚できると思っていたんだろうけど、
   そうは問屋が卸さないんだよっ!」

私はどうしていいか分からず、どっちの言い分を信じていいか分からず、しゃがみこんで喚き散らしている風子の頭をなでるしかなかった。

そうこうしているうちに、ご主人の方が飛び出すように家を出て行き、その後、しばらくしたらパトカーがやって来た。
近所の人が通報したのだろう。
警官は、「痴話喧嘩は警察では介入できないんですよ」と言って帰って行った。

私はどうしたらいいのか、風子を自分の家に連れて帰ろうか、いや、そんなことをしたら、もっと面倒なことに巻き込まれるだろう。

しばらくしたら風子も落ち着いてきたように見えたし、私は次の日は仕事があるし、後ろ髪を引かれながらも帰ることにした。
風子は乱れた髪をかき上げ、涙を手で拭いながら玄関まで見送ってくれた。

翌日、彼女から、「ダンナがまだ帰って来ない」、という電話があった。
その翌日もまた電話があって、散々に愚痴と泣き言を聞かされた。
時には1日に7回も8回も掛かって来たことも。
私はうんざりして、ある日言ってしまった。

 「いい加減にしてよ!
  自分のことぐらい、自分で始末をつけてよ!
  私だって忙しいんだから!!!」

そう言うと風子は、「迷惑をかけて、ゴメン」と一言だけ言って電話を切った。

ちょっと言い過ぎたかな、と反省していると、翌日また掛かって来た。
話の内容は、やはりご主人のことばかり。
私が電話で言ったことは、彼女には全く響いていなかったようだ。

仕方がないから、しばらくの間、誰から電話がかかって来ても、居留守を使って出ないことにした。
今なら留守電にしておけるが、当時はまだ留守電機能のついている電話は出回っていなかった。
ただ、会社の人からの電話はスルーするわけにはいかない。
呼び出し音を2回鳴らして切ったら、自分の方からかけなおす、という取り決めをして応対した。

私が居留守を使っても、風子からは毎日のように電話が掛かって来た。
一度電話に出たことがあるが、するとその後、連続で掛かって来た。
それがあってから、一切出ないようにしたが、あまり気持ちのいいものではない。
いささか心が痛んだが、仕方がないと割り切るしかなかった。

いくら電話をかけても出ないとわかると、彼女からの電話の回数はだんだん少なくなり、ある日を境にプツリと掛かって来なくなった。
多少の罪悪感はあったものの、私は内心ホッとした。

無視して自然消滅させるようなズルいやり方をしなくても、ちゃんと話を聞いてあげて、何度も言えば良かったのかもしれない。
しかし、何を言っても理解してくれなかっただろうし、もし傷つけたらと思うと、言えなかった。
いや、それは言い訳で、本当は巻き込まれるのが怖くて言えなかった、というのが正直なところだ。

しかし、さすがに半年も間が空くと気になり、私の方から電話をしてみた。
ところが電話に出たのはご主人で、「もうここにはいないから、電話なんかしてくるな!」と言われ、ガチャンと切られた。

何があったのだろう。
別居? それとも離婚して出て行ったのだろうか。

胸騒ぎがして風子の家に行ってみると、ご主人が別の女の人と車に乗り込むところを見た。
そして、その女の人は赤ちゃんを抱いていた。

   風子、ごめん・・・

風子は助けを求めていたのに、私はウザったいと思って拒否していた。
彼女がどこに行ってしまったのか、全くわからない。
もっと親身になってあげればよかった。
『後悔先に立たず』とはこのこと・・・
きっと、私のせいでさらに人間不信が強くなったに違いない・・・

前に風子が住んでいた家にも行ってみたが、祖父はすでに他界していたので、居所を知っている人がいない。
じゃあ、あのご主人に聞いてみようか。
いや、やめておこう。
風子からの連絡を待つことにしよう。
そして、会ったら、真っ先に謝ろう。

        ☆     ☆     ☆

それから数年が経ち、私は30歳を目前にして人並みに結婚をし、子供も生まれた。
まだ1歳になったばかりの娘をベビーカーに乗せて散歩をしていると、1人の女性が話しかけてきた。

  「ひさしぶりだね。 元気だった?」
  「え?」
  「私だよ、風子だよ」

そう言われて驚いた。
しかし、よく見ると、確かに風子だ。
以前は茶髪だったり金髪だったりで、ヤンキーそのものだったが、声をかけられたこの時は、栗色の髪をフワフワのアップにして、化粧は濃く、洋服は派手で大人の女性をプンプンさせていた。
一目で水商売だとわかった。

度肝を抜かれた再会だったので、私は何も言えず、「元気そうで良かった」と言うのが精いっぱいだった。
その時は、お互いの連絡先を交換するだけで別れた。

風子のことだから、すぐに連絡が来ると思っていたが、いくら待っても掛かってこない。
それで、思い切って書いてくれた連絡先に電話をしてみた。
ところが、そこは風子が働いていたお店だった。

  「風子?  ああ、花梨ちゃんのことね。
   あの子なら、先週やめたわ。
   どこに住んでいるか、どこに行ったかもわからないわね。
   この業界はそういうところだから。
   お役に立てなくて、ごめんなさいね。」

私はまたしても風子と連絡ができなくなったことになる。
これは、私がしたことへの応報なのかもしれない。
やはり、風子は、私に裏切られた、と思っているのだろう。

結局、私は謝る機会を失ってしまい、この一連のことは私の心に深く突き刺さったままになってしまった。

(つづく)



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