ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.13 「復讐はしてみたものの」
ここは小さな町工場。
大手の自動車メーカーの下請けの下請け、いわゆる零細企業を営んでいる。
啓介は妻の父親が経営するこの工場で油にまみれながらコツコツと働いていた。
2年前に結婚をしたが、子供はまだいない。
しかし、妻の両親を入れた4人での生活は、裕福ではないがとても居心地が良かった。
特に妻の父親とは馬が合い、休みになると二人で釣りに行き、その収穫を競い合ったりしていた。
春には家族4人で竹の子採りにも行き、秋には松茸狩りやみかん狩りに出かけたりして、ささやかな幸せを満喫していた。
その一方で、こんなことも考えたりしていた。
世の中、生きていく上でお金は必要不可欠。
どうやったら今以上に裕福な暮らしができるようになるのか、どうやったら金儲けが
できるのか、
一攫千金を手にするにはどうしたらいいのか・・・
誰かが「駱駝が針の穴を通るより、金持ちが天国に行く方がずっと難しい」って言って
いたが、本当なんだろうか。
もしそれが本当なら、今の生活で十分だな。
ある日、高校時代の親友Gが啓介の家にやってきた。
Gはまだ独り者。
酒を酌み交わしながら、啓介にある話を持ちかけた。
それは、友達同士で出資しあって、ベンチャー企業を立ち上げないか、という話だった。
Gは3年前に起業して、小さい会社ながら社長として頑張っていた。
そこで仲間と開発した特殊技術が特許を取ったというのだ。
特許を取ったのはいいけれど、折からの不況で、銀行は必要な額を融資してはくれない。
そこで、出資金を出して共同経営者になってくれないか、という話を持ち出したのだった。
今のところ、銀行からの借入金は1,000万。
あと500万あれば、特許技術を駆使して製品開発ができるから、それが当たれば5年で元が取れるという計算だという。
自分は技術を提供し、社長として会社を運営するので、啓介は今の工場で働きながらも収入が殖えると言われた。
なんだか平等ではないような気もしたが、特許をとっている製品開発と聞いて心が動いた。
Gは昔から姑息なところがあった。
そういうGの性格を知っていたので、迷いに迷ったが、Gを信じて出資することに決めた。
ただ、すぐに出せる金額ではない。
今の工場は妻の父親のものだが、いくら仲良くやっているからといっても、自分の思い通りにできるほどの立場ではない。
あれこれ考えた挙句、実家の父親に頼み込んで300万円を借り入れ、妻の父親にも頼み込んで200万円借りて500万円を調達した。
それから3年たち、Gの会社は順調に伸びていた。
しかし、社員に給料を払い、経費や将来への積み立てを見込んだら、まだまだ利益を分配できるほどの余裕はない、とGは言う。
啓介はそれを信じて、利益が還元される日を楽しみに待った。
更に2年たったある日、Gが真っ青な顔をしてやってきて、土下座をして言った。
「啓介・・・もうどうにもならない・・・倒産だ・・・すまない・・・」
突然の話に、啓介は何をどう考えて良いかわからなかった。
しかし、Gのこわばった顔を見ていたら、だんだんと現実味を帯びてきた。
5年で元が取れるどころか、5年で全額が露と消えてしまったのだ。
父親になんと言えばいいのか。
義父にもなんと言えばいいのか・・・
自分の父親から借りた300万円は、父親の退職金だ。
団塊の世代の父親が汗水たらして、遊ぶこともせず、日本の経済発展に貢献するんだと言って頑張って働いてきた結果である。
妻の父親とて似たようなものだ。
田舎から出てきて、身一つで今の工場を立ち上げたのだ。
しかし、バブルがはじけてからは思うように業績は伸びない。
親会社が賃金の安い海外に工場を作ったことで、仕事が回ってこなくなっていたのだ。
妻の父親が用意してくれた200万円は、土地と家屋を担保にして銀行から借りたお金だったことを後から知った。
二人の父親になんて言い訳しようか、そればかりが頭の中を駆け巡った。
啓介は身を切る思いで、まず自分の父親に全てを話した。
父親は動揺したが、最後は啓介に財産分与するつもりだったからといって、許してくれた。
しかし、よほどショックだったのか、それ以来寝たり起きたりの生活になり、母親一人を残し、半年後に他界してしまった。
啓介は自分のふがいなさを嘆き、親孝行どころか、最後に迷惑をかけてしまったことに男泣きをした。
半年以上もたつのに、妻の父親にはまだ切り出せないでいた。
その頃、義父は腎臓を悪くし、透析をする状態になっていた。
冬になり、風邪が元でこちらもあっけなく他界してしまった。
小さな工場だったが、権利は全て妻に譲り渡された。
啓介は妻と相談し、工場と土地を売りはらって銀行に返済することにした。
借金がなくなったので、とりあえず、啓介はホッとした。
土地を売ったお金は銀行に返済してもまだ余ったので、それを資金にして、かねてから妻がやりたがっていたギフト専門店を開店することにした。
このギフト専門店が思いがけず当たった。
少しずつだが収益を上げている。
Gの会社が倒産してから3年ほどたったある日、街中を歩いているGを見かけた。
決して裕福とはいえない身なりをして歩いていた。
その様子を見て、自分は何とかここまでこぎつけたが、Gはどうなんだろう。
そう思うと、遠めで見るだけで、話しかけることができなかった。
Gの様子があまりにも気にかかったので、彼のことをよく知っている友人に連絡を取って会うことにした。
その友人は、啓介が共同出資者だったとは知らず、驚くことを話した。
Gの倒産は計画倒産だったと言うのだ。
結局は共同出資者を騙すことになったが、新会社を立ち上げて事業を拡大するにはそれしかなかいと言っていたらしい。
くそう、最初から騙すつもりだったのか・・・
姑息な奴だとは分かっていたが、あまりの仕打ちに心が煮えくり返り、言葉では言い表せないほどの憎悪がこみ上げてきた。
頑張った結果として倒産したのだったらまだ諦めがつく。
しかし、計画倒産だったとは・・・
その友人と別れ、頭を冷やすために一人で海に行き、大声を出して走った。
どこまでもどこまでも、息が切れてもなお走り続けた。
息が続かなくなり、ゼーゼー言いながらその場に倒れこんだ。
意識が朦朧とする中、啓介はGに復讐することを誓った。
啓介はさっそく家に戻り、準備を実行することにした。
そして、待ち伏せしていた店で、Gに偶然出会ったようにして話しかけた。
おい、G、Gじゃあないか。
元気そうだな。
お前、再起できたんだな。
よかった、よかった・・・
Gは少し驚いたようすだったが、倒産後のことを話し始めた。
あの時はすまなかった。
絶対にうまくいくと思っていたのに・・・まさか倒産するとは思ってなかった。
あのあと、啓介にはずいぶん苦労させちまったんだろうな。
俺も人生の辛酸を嘗め尽くして、やっと今の会社を再建できたんだが、
事業がうまく回らなくなって、今また倒産の一歩手前になっているんだ。
お前に会ったら目いっぱいお詫びをしなくっちゃあいけないと思っていたけど
これじゃあできそうにないなぁ。
俺はよっぽどついていないか、経営能力がないらしい・・・
そう言って、涙ぐんだ。
彼の友人は、今のGの会社はうまく行っていると言っていた。
しかし、Gは倒産寸前だと言う。
どっちの言うことが本当かは分からないが、どちらにしても、あの時の復讐をしなければ気が治まらない。
それから時々二人は会い、共にグラスを傾け、学生時代のことやお互いの苦労話をして、以前のように親密度を増すようにしていった。
啓介はGが完全に自分を信用していると確信を持った。
時は熟した。
啓介は雑談の中に、ある建設会社の入札価格のことを話した。
Gはゼネコンとは関係がないと思うから言うが、これは内緒の話だ。
某有名自動車会社の本社拡張工事の入札価格についてだが・・・・・
最初Gは関心なさそうに聞いていた。
ところがその後、啓介から聞いた入札価格を某建設会社に売り込み、その会社は有名自動車会社の建設権利を手に入れることができた。
そして、Gにはお金が舞い込んだ。
身なりは一変し、車も新しいのに買い替えた。
そして、啓介にお礼と以前の倒産のお詫びをかねてと言いながら、200万を差し出した。
実は啓介が手に入れた入札の話は本当だったが、価格自体は啓介のまったくの予想だったのだ。
この入札の情報でGが痛い目を見れば良いと思って言ったことだったが、まさかそれが当たるとは思ってもみなかった。
しかし、啓介はGの羽振りの良さを見てニヤリと笑った。
次に啓介は、電車の中でチラッと聞こえてきたゴルフ会員権の話をしてみた。
そのゴルフ場は今作っている最中だが、財界人や有名人が続々と会員になっているらしい、と適当に話してみた。
会員権のことは本当らしいが、それ以外のことはまったくのデタラメだった。
しかし、それを聞いてGはすぐさまその会員権を売りさばく側に回った。
自分だったら危なくて絶対に手を出さないことなのに、Gはすぐに行動に移していたのだ。
その結果、意外にもGは大儲けをし、そのお金で家を建て、高級車を乗り回すようにさえなった。
そして、啓介にお礼と倒産のお詫びを兼ねてといって、300万を差し出した。
とりあえず、これで以前Gに出資したお金は返ってきたことになる。
しかし、お金は返ってきても、あの時に誓った復讐の思いは消えていなかった。
Gの羽振りのよさを見て、啓介は計画があまりにもうまく運んでいることを知り、ニヤっと笑って言った。
もう少しだ。
次に会った時、GがIT株に手を出しているのを知った。
Gが持っている株は確かに大幅に伸びている株だったが、啓介はそこが危なくなっていると適当に言ってみた。
おい、G、今のうちにその株は売っておいた方がいいぞ。
もうすぐ警察が介入して、大騒ぎになるという噂だ。
そうなると株は暴落して二束三文になる。
今のうちにさっさと売って、B社を買った方が良いかも知れない。
B社はあれだけ知名度がありながら、まだ上場されていないんだ。
確か、来週あたり上場されるはずだ。
買っておいたら、大儲けできるかもしれないぜ。
Gは持っていたIT会社の株を全部売り払い、B社が上場されるとすぐに、その株に全額つぎ込んだ。
しばらくして、適当に話した啓介の話が現実になった。
Gは信じられないほどの大儲けをし、笑いが止まらないほどだった。
啓介はGが株で大損をすると思っていただけに、この進展には驚いた。
Gは儲けたお金で大きな別荘とクルーザーを買った。
そして啓介をその別荘に招待し、今までの情報料として300万差し出した。
適当で嘘の多い情報を元にあれだけ儲けたとは、なんて運の良いやつなんだ。
いささか腹立たしく、妬ましい気持ちもあったが、啓介は最期の仕上げにかかった。
啓介は、あるパーティーでコンパニオンをしていたN子をGに紹介した。
N子は啓介の愛人だった。
N子は容姿端麗で学識もあり、男性なら誰もが魅了されるほどの女性だった。
当然ながらGは一目ぼれしてしまった。
Gはすでに結婚していたので、妻にも啓介にも後ろめたい気持ちを持ちながらN子に連絡を取り、
「お金に不自由はさせないから、自分の女にならないか」と話を持ちかけた。
N子は断ったが、Gはしつこく付きまとい、ついにはN子を愛人にしてしまった。
啓介はまだこのことを知らなかった。
数日たって、啓介はN子がGに鞍替えしたことを知って喜んだ。
N子にはほとほと手を焼いていたから、ちょうど良かった。
俺がするのはここまでだ。
さて、後はうまく事が運んでくれるといいのだが・・・
結果はいつ、どう出るか・・・
その後、Gと啓介が会うことはなかった。
Gも啓介の愛人に手を出したのだから会えるはずがない。
それから2年が過ぎた。
啓介のギフト専門店はなんとか順調に行っていた。
そこへ、弁護士がやってきて、Gの自殺を伝えた。
まさか自殺するとは・・・これは本当に想定外の結果だった。
遺書がいくつかあった中に、啓介宛のものがあったので、弁護士がそれを持参したということだった。
遺書の中には次のように書いてあった。
啓介へ。
僕は親友であった君を2度も裏切ってしまった。
今僕がこんな状況に追い込まれたのは、自業自得というやつなんだろうか。
僕は君を裏切ったのに、君は僕にとても優しかった。
あれほど君に恩を受けながら、僕は君を裏切り、そして全てを無くしてしまった。
天国から地獄とはこのことだ。
君の工場を倒産させてしまったのに、君は何の疑いも持たずに僕に情報を提供して
くれた。
僕はその情報を基にして大金を手に入れ、N子を手に入れ、有頂天になっていた。
人は、お金が手に入って有頂天になるととんでもない状態に陥るものだ。
傲慢になり、人を見下し、真実が見えなくなり、自分が一番偉くなったように錯覚した。
そして、欲望が更に欲望をかき立て、人間の顔をした化け物に変身してしまった。
僕がまさしくそうだった。
君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。
僕という人間は、もう生きている価値さえない。
でも、君と会えてよかった。
ありがとう。
弁護士が言うには、Gの妻がN子の存在を知り、多額の慰謝料を払って離婚することになった。
その後、N子と結婚しようとしたが、彼女は承諾せず、ある時ふと姿を消してしまったと言うのだ。
当時GはN子を愛人としてだけでなく、会社経営のパートナーとして扱っていた。
彼女がいなくなってしばらくして、銀行から不渡りの知らせがあり、ここにきて多額の横領をされていたことが分かった。
その後、会社は倒産、おまけに気が付いた時は借金まであったそうだ。
この借金を清算するには、死んで生命保険で支払うより方法がないと思ったのだろう。
覚悟の自殺だったらしい。
遺書を読み、弁護士からあらましを聞いて、啓介は複雑な思いにかられた。
人が身を持ち崩すのは簡単だ。
必要以上に欲望を満足させてやれば、誰だって人間ではなくなる。
人の欲望は底なし沼だ。
特に、お金とか名声とか異性への欲望は人の理性を狂わせてしまう。
自分もN子に横領されかけていた。
だからGに紹介した。
知っていてGに紹介した。
嘘の情報で大儲けをさせ、N子に横領させて会社を倒産させるだけでよかった。
青天の霹靂を味わわせればそれでよかった。
しかし、今はどうだ。
復讐を果たした今、俺は嬉しいか・・・
Gに自殺をさせて、俺は楽しいか・・・
この殺伐たる思いは何だ。
遺書の中でGは、自分は化け物に変身したと書いていた。
しかし、Gを化け物にしたのは俺だ。
すると、俺は悪魔か・・・・・
復讐すれば、必ずその代償がある。
その代償とは・・・
それから10年が経った。
友人のFがビジネスパートナーになってくれたおかげで、啓介の会社は東証に上場できるほどの大会社になった。
自分は社長の座に君臨し、高級車を乗り回し、若い頃夢にまで見ていた裕福な暮らしができている。
妻は年老いたにもかかわらず、20歳も下の男を愛人にしている。
自分も若い愛人にマンションを持たせている。
そんな毎日を送りながら、Gのことを思い出すと不安がよぎる。
今の自分はあの頃のGそのものではないか。
妻はすでに自分を裏切っている。
ビジネスパートナーのFは本当に信用できるのか・・・
いつかのGのように会社が倒産させられ、自分も自殺に追い込まれるのではないか・・・
昔聞いたことのある「駱駝が針の穴を通るより、金持ちが天国に行く方がずっと難しい」っていうのは本当かもしれない。
そして、復讐しても人は決して幸福にはなれない、それどころか殺伐とした思いが心を占め、そこから逃れられなくなる。
今では罪悪感にさえなっているではないか。
お金のなかったあの頃はみんながお互いに信頼しあい、その絆が嬉しかったし、生活も楽しかった。
小さなことで喜べた。
今はどうだ、不安ばかりではないか。
誰も信用できないし、どんなに大盤振る舞いをしたパーティーを開いても、ちっとも楽しくないではないか。
それどころか、人の心の裏ばかりを読もうとしている。
お金は生活できる分だけあればそれで良いのかもしれない。
啓介はそのことを、死の間際になって悟ったのである。
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