ちょっとスピリチュアルな短編小説 No.4 「自分探しの旅」


弘志は現在50歳。
自分でもどうしてかわからないほど、行き当たりばったりの人生を送ってきた。

「オレはどうしてこんな腐った人生を歩くことになったんだろう。」

自分の性格、自分の過去、自分の生き方がほとほとイヤになり、旅にでも出れば何かを整理できるような気がして、とにかく出ることにした。
アパートを引き払い、家具の全てを処分して身の回りのものだけを抱えて出てきたが、行き先は決まっていなかった。

列車に揺られながら、小さい時のことを思い出していた。
弘志はまだ乳飲み子の時に母親に棄てられ、施設で育てられた。
親代わりの優しい職員、というのはドラマの中だけで、弘志の記憶の中では、職員は機械的だった。
言うに言われぬ虐待を受けたこともある。
学校では施設に入っているというだけでいじめを受けた。
そんな生活がイヤで何度も逃亡を試みたが、そのたびに見つかって連れ戻された。

中学を卒業すると同時に施設を出て就職したが、そこはすぐにやめた。
その後、両親がいないために良い就職口がなかなか見つからず、歳をごまかしてやっと夜の仕事に就くことができた。
彼女ができて結婚まで考えたが、妊娠したことがわかったとたん恐くなって、彼女を棄てて逃げてしまった。
「子供は生まれたんだろうか」、たまにそう考えることもあるが、今さら顔を見せることはできなかった。

仕事を転々とし、日雇いの土木作業員として働いたこともあるし、詐欺まがいのセールスをして警察沙汰になったこともあった。
やくざに入りかけたこともあったし、ティッシュ配り、ポン引きもやった。
でも、身体だけは頑丈にできていたらしく、ホームレスだけにはならずにすんでいる。

50歳を過ぎた今、自分の人生、自分の存在というものを考え始めた。
これからだんだんと歳を取っていく。
今自分というものをしっかり見つめておかなければ、どこかで野垂れ死にをしそうな気がしたのである。

それで、今までの自分を全部捨てるつもりで、少ない家具を売り払い、自分探しの旅に出たのだった。

列車を乗り継いで、なんとなく降りたのが、温泉街のある駅だった。
街を歩きながら、目立たない旅館を見つけ、そこに入ってみた。
そこでしばらく働いてみたいと申し出ると、ちょうど働き手を探していたということで、保証人もないまま住み込みで採用してもらえた。

旅館には過去を隠したい人たちがたくさんいた。
その中に、もう70歳を過ぎただろうか、ミツという人が未だ現役で働いていた。
弘志は母親の味を知らなかったが、もし母親がいたらミツのような人ではないかと思った。

なぜか、ミツと話していると懐かしさを感じた。
話を聞くと、ミツは若い頃に男に騙され、借金のカタにソープに売られたという。
40歳の頃にやっと借金を返し終わり、何とか自立してパートとして働いていた時、自分と結婚したいという人が何人か現れた。
ところが、どの人もソープという過去を知ったとたん、離れて行ってしまったと言う。

それでも、そんな自分でも良いという人が1人いたので結婚の約束をしたが、その人は借金を押し付けて逃げてしまった。
またしても男に騙されたのである。

仕方なくお金になる水商売に入り、やっとの思いで借金を返し終わったが、その時はもう50歳を越えていた。
自分はもう普通の人生は送れないと思って、死を覚悟してさまよったあげく、この温泉街にたどり着いたとのことだった。

弘志は、ミツもまた自分と似たような辛い境遇をさまよって来たことを知って、胸が熱くなった。
そして、親を知らない自分だからこそ、一度でいいから親孝行の真似事がしてみたいと思った。

弘志はミツの行くところならどこへでも付き添った。
ミツはことあるごとに言った。

―― 弘志ありがとう。
   あんたのおかげで私はやっと人間らしい生活をしているように思うよ。
   一生のうちで今が一番幸せだよ。 今まで神様なんて居ないと思ってきた
   けど、やっぱり神様って居るんだねえ。
   こんな粋な計らいをしてくださるのは神様しか居ないもんねえ。
   この歳になって、血の繋がらない人からこんなに良くしてもらえるとは思っ
   てもみなかった。
   本当にありがとう。
   私はどうやってあんたにお返ししたら良いんだろう。

―― ミツさん、俺の方こそ礼を言わなきゃいけないんだ。
   こんなどこの馬の骨ともわからない俺に温かい言葉をかけてくれたのは、
   あんただけだ。  ありがとな。

それから2人は親子のように一緒に暮らし始めた。

それから1年が過ぎた頃、ミツの体の調子が悪くなり、旅館で働くことができなくなった。
弘志はそんなミツを大切にして看病したが、数ヶ月たって、ミツは他界してしまった。
ミツが居なくなった時の弘志の落胆は大きかったが、それでも、ミツと過ごした日々を振り返ると心が温かくなった。
それ以上にミツの存在と温かさを感じていた。

肉体はなくても、いつもミツが傍に居てくれるような気がしてならなかった。
だから、不思議と寂しさも悲しみも消えた。

ミツが亡くなって一ヶ月ほどたったある日、弘志は旅館を去る決心をした。
それを聞いた女将さんが、一通の手紙を弘志に渡した。
それはミツから弘志への手紙だった。

  弘志へ
  この手紙をあんたが読む頃は、私はもう居ないかもしれない。
  でも、私はいつも弘志と一緒に居るよ。
  私は世界で一番不幸だと思っていたけど、弘志のおかげで世界で一番幸せに
  なることができた。

  一時は神様を恨んだこともあるけど、今になって、神様は私を見捨てなかっ
  たと思えるようになったよ。
  弘志と出会えたことは、神様からのご褒美だったんだねえ。

  弘志、ありがとう。
  本当に今まで良くしてくれてありがとう。

  最後に、私にも少しばかりの貯金があるから、何かの時の足しにして欲しい。
  通帳は女将さんに預けてあるから、ぜひ受け取って欲しい。
  今まで本当にありがとう。  ミツ

そう綴られていた。

読み終わった時、女将さんは弘志に通帳と印鑑を手渡した。
その通帳の中には、毎月少しずつ貯めたミツの苦労が偲ばれた。

金額は30万円ほどだったが、弘志にはその温かさがたまらなく嬉しかった。
女将さんに礼を言って、弘志は旅館をあとにした。
でも、以前の憔悴しきった旅とは違って、心は穏やかだった。

列車に揺られていたら、ふとミツが言っていた言葉を思い出していた。

   弘志、人生って面白いねえ。
   嫌なことも苦しいことも、嬉しいことも楽しいことも、ぜーんぶが積み重
   なって自分が作られていくんだねえ。
   人生はいろいろな体験を軸にして織られた織物みたいなものさ。
   今ここに来て振り返ってみると、自分で織って来た人生がよく見えるよ。
   弘志の人生も同じさ。
   今の弘志が弘志自身なんだよ。
   これからもまだ織り続けるんだから、これからは後悔しないような良い
   人生に仕上げて行っておくれね。

弘志はミツが他界してもなお自分に語りかけてくれているのを知って、決して一人ぽっちの人生ではなかったことを心から喜んだ。

弘志は残りの人生を自分のためではなく、誰かのために使いたいと願った。
なぜかと言えば、自分のために生きていた時はいつも空しくて殺伐としていたが、ミツのために生きた日々を振り返ると、これこそが何にも替え難い心の充実感があり、何にも優る宝であったことに気がついたからだった。

今後、どんな人生になるかはわからない。
しかし、たった一つだけれど、「人のために生きる人生こそ、最高の人生」 ということだけは誰にでも胸を張って言えるような気がする。

弘志はとりあえず、以前自分が捨てた女性を探し、もし子供が生まれていたら、せめてもの罪滅ぼしとして、名乗らずに応援しようと考えていた。

こうして、遅ればせながら、弘志の本当の人生がスタートした。



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